今年のサンタ需要
- tanazawahanae317
- 2025年12月24日
- 読了時間: 4分
更新日:2025年12月26日

年の暮れ、いかがお過ごしですか?
ありがたいことに最近私は忙しくさせてもらっているのだけど、明日から新年まではノンストップ。だからその前に少しの時間を持ちつつ、締めのご挨拶。
忙しいとはいえ、ここまで色々シンプルにしてきたから、余裕が生まれたこともあるのね。
例えばクリスマスカード。年々枚数が減って、今年は7枚。
年賀状はさっき手書きで書いたもの、2枚。
どうしてもカードで繋がっていたい方々やお返事を下さる方々に厳選したら、ここまで少なくなりました。
カードには性格が如実に出る気がしていて、すでにメッセージが印字されたものにサインするだけのシンプルな方はたくさんお見かけするのだけど、私はせっかく切手を貼ってわざわざ送るのだから、何か個人的な一言を、などと思って実践すると、これらのお手紙に膨大なエネルギーを要するのです。書き終わった頃にはへとへとになってしまう。
人を想う気持ちが義務になって、何かをもらったから何かを返したり、そんなので忙しくなって疲弊するのはちょっと本末転倒な気もして、疲れない程度に、恨まれない(?)程度にやっていこうと徐々にシフトしてきました。でもみんなお互い様だったのかもしれないね。多分恨まれてないし(笑)、むしろ誰かを安堵させているかもしれない。
ところが、今年は新しい、面白い需要があって、いくつか書いたことのないお手紙を書きました。それは、サンタさんとしての代筆。和菓子屋さんで一緒に働いている先輩が、微妙に信じてるような、いないような娘たちにサンタさんからのお手紙を書いて欲しいと。筆記体でそれっぽく書いてあればなんでもいいというので、私も張り切って自分の持っていたガラスペン(ガラス製で、先にインクをつけて書く万年筆のようなもの)を持っていって筆記体で文章を書いたら、想像以上に大ウケ。「私も欲しい」とそれを見ていた大人の友人も言うから、その子にも書いて翌日持っていったら、「俺だけなかった」とその旦那さんも(欲しかったんかい笑!)。なので追加でお店のみんなにあげようと先ほど筆を走らせていたわけです。明日のクリスマスに、サンタさんから手紙だよ、と渡してあげようと思います。
サンタさんに成り代わってお手紙を書いたことは人生で初めてだったけど、やってみたら相手を思ってポジティブなメッセージを書く、という行為がすごくいい人になった気がするのと(笑)、最近みんな手書きのお手紙を書かなくなったせいか、大人の友人が想像以上に宝物をもらったかのように喜んでくれたので、これは需要があったら来年以降もやりたいなと思っています。
・・・
思えば、子供の頃はこの24日のクリスマスイブと25日のクリスマスが一年で最大のハイライトだった。我が家はクリスチャンホームだったから、慎ましい日常とはうって変わって、クリスマスはデコレーションも食べ物もプレゼントも本当に最高で特別な日。・・・そんな胸高まる興奮の1日を、こんなにもすでに満たされた、穏やかな気持ちで過ごせるようになったのはいつからだろうと、今朝自分の部屋を眺めながら考えた。あの子ども時代のワクワクはあれはあれで最高に良い思い出だけど、今この感覚、すでにあるという充足感、これは紆余曲折を経て得てきた自分への最高のプレゼントだったかもしれないな、と。
人に手紙を書くというのは、エネルギーがない時はできないし、やりたくない。だからもし今疲れていたら、プレゼントもお歳暮もお年玉も新年や暮れのご挨拶も、本当に何もしなくていいと思うし、もしやってるとしたら、誰のため?何のため?一度立ち止まって考えても良いように思います。そんなことよりも、誰よりも、何よりも自分を大事にして欲しい。これはね、私が例の紆余曲折で得てきた真理なのです。
クリスマスだからイエス様の言葉で言うとね、
「あなた自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」
(別記:「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」マルコ12章31節)
なの。いつ何時も、あなた自身を愛することが先なの。
それは自己中とかじゃなくて、自分を愛していない人が、他人を愛するなんてできないんだよ。
わかりそうでわからないかもだけど、本当にそうなんだよ。
私は自分を愛することを続けていたらね、心に愛が泉のように湧くようになったのよ。
そしたらね、人のために色々できる余裕が生まれたの。だって泉だからさ、枯渇しないのよ。
もしそれでも何かを続けて辛さを感じたら、その辛いことをすぐさまやめるけどね。
それが自分を愛するってこと。
伝わるといいな。
素敵なクリスマスを!




