希以おばあちゃん

藤原希以(けい)2014年大晦日
藤原希以(けい)2014年大晦日

 

9月2日に、大好きだった祖母が亡くなりました。享年97歳。

 

「もうあと1週間持たないかもしれない」と父経由でお医者さんの言葉を聞いたのはその前々日の夕方。家族で土曜日の午後会いに言って最期のお別れができればと言っていたのに、私たちを待たず、一人眠るように亡くなりました。

 

 

おばあちゃんは今にして思えばかなり現代的で、洋裁を学び、若い頃は子供服のデザイナーとして活躍。お見合いは散々したそうだけど、42歳にして3人の子連れ(真ん中が私の母)のシングルファーザーだった祖父と初婚。大阪からはるばる沖縄に嫁ぎ、おじいちゃんとは仲良くやっていたみたいだけど、年頃だった私の母や兄妹との関係を築くのは苦労した、という話も聞いたことがある。最愛だった祖父を70ちょっとで(私が小6くらいの時)ガンで亡くし、単身大阪に戻って一人暮らし。中学生の時は、夏休みに姉と新幹線に乗っておばあちゃんのところを尋ねるのが本当に楽しみだった。私が高校生の頃、隣町の富士吉田市に移り住んで、高校にほど近いマンションに住むようになったので、学校帰りよく遊びに行ったり、泊まらせてもらったりした。服を直してもらったり、生け花を教えてもらったり、買い物に出かけたり、運転できるようになったらドライブに出かけたり。まるで友達のように一緒に出歩き、ある時「これって側から見ると普通じゃないのかな」と思いながらも、全く気にならないくらい、私も兄妹もみんなおばあちゃんと一緒にいるのが心地よくて大好きだった。

 

 

記憶というのはいい加減なもので、15年くらいのそうした素敵な思い出も、晩年の5年間ほど、祖母が転んで少しずつ一人では生活できなくなり、精神的にも落ちていく物憂げな様子を見るようになってからは、私の中の「希以おばあちゃん」という思い出のフォルダが、全てその暗く悲しげな色彩で染まってしまっていた。だから亡くなった時は、「おばあちゃんやっと楽になったね、やっと大好きなおじいちゃんに会えるね」って少しほっとしたのも確かだった。

 

おばあちゃんの遺影が必要だから何かないかと言われて昔の写真を見返していた時、一人で元気に暮らしていた時の写真がたくさん出てきて、そこには懐かしいおばあちゃんの笑顔があり、たくさんの共有した思い出があり、いつまで経っても抜けない関西訛りの優しい声が聞こえてきた。勝手に最晩年の物憂げなおばあちゃんだけに記憶を更新してしまっていたけど、そうだった、おばあちゃんには幸せな時間もきっといっぱいあったって、たくさん思い返すことができてよかった。

 

それにしても今にしてみれば不思議なくらい、孫の私達とよく遊んでくれた祖母だった。お化粧とお洒落が大好きで、いつも綺麗にマニキュアをし、ショッピングモールにはおばあちゃんを知る店員さんがたくさんいて、クラシック音楽とヨン様をこよなく愛し、でも最後までおじいちゃんの居場所は誰にも譲らなかった。ただ一度、おじいちゃんと会う前にとても好きで結婚したかった音楽家がいたという話を聞いたことがあった。不安定な職業だからと親から反対され諦めたそうだけど、そのことを語る祖母の目は私の知らない遠くを見つめていて、きっと本気で愛した人だったんだろうなと想わされた。

 

遺影には上の写真を使ってもらった。富士吉田の施設でお世話になっていた時のおばあちゃんは幸せそうだった。訪問する度に、いい気が流れているなぁと感じる所で、それ以前にもなかったような、ある種達観した穏やかな笑顔を一番見せていたと思う。小さなサイトとは言え、こんなところに載せるなんてと本人は言うかもしれないけれど、自分が撮った中で一番いい写真で自慢したいから、ここは死人に口なし、耐えてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザイナーとして働いていた34歳頃。

裏面には

 

1954.10

ラ・セーヌ洋裁店

 

とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1953. 11. 20

大丸屋上

谷村けい子

 

 

自分で作ったのかな?

服もポージングも可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄にて 

祖父・繁と。

 

 

ゴルフのトロフィー(?)

と素敵なレトロな車。

 

長くなるけど、もう一つ私にとって大切なエピソード。

 

私が20歳でアフリカに行く、となった時、希以おばあちゃんがプレゼントしてくれたのがハサミとペーパーナイフだった。

 

なんでと思ったけど、祖母曰く、「ハサミには『道を切り開く』っていう意味があるから。」

特別な贈り物として、もちろんアフリカにも持っていったけど、その後しばらくは切れ味の良さに甘んじて、紙だけでなくダンボールやら布やら針金やら、切れるものは頓着なくなんでも使い、都合のいい道具の一つになり収まっていた。

 

 

10年くらい前から切り貼りで作品を作るようになり、それがだんだんと自分の作風なんだなと意識しだした数年前。ふと、手の中にあるおばあちゃんのハサミが持つメッセージを思い出し、不意に理解してびっくりした。何かを予言するつもりはなかったと思うけど、私は文字通り祖母がくれたこのハサミで自分でも予見しなかった道に導かれ、切り開こうと作品を作っている。紙ではないけれども、同じくたくさんの布を裁ち生活してきたおばあちゃんの人生の深みからくる何かがそんなことをさせたんじゃないかと、奇妙に思われたりする。

 

幸か不幸か15年くらい私に酷使されたこのハサミは、所々で引っかかり、今ではすっかり癖のある切れ味になっている。どこかに頼んでピカピカに研いでもらおうかと思うこともあるけど、これはこれで私の人生の歩みを表しているような気もして、なんだか別物にしてしまうようで勿体無い。今はこのまま、私の大切な人生の相棒として、おばあちゃんがくれたたくさんの贈り物の中でも最上の宝物として、大事に、大事に、使っていきたいと思う。

 

今までたくさんありがとう、希以おばあちゃん。

 

 

今日もまたこれで制作に励む
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