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2021年

2月

18日

なかなか降らない

隣家でフライング気味に咲き誇るクサボケちゃん一輪(正確には普通の木瓜?)。愛おしい。2. 2021
隣家でフライング気味に咲き誇るクサボケちゃん一輪(正確には普通の木瓜?)。愛おしい。2. 2021

 

何が降らないかと申しますと、

 

「言葉」が、です。

 

なぜか暗くなってから始まった夜逃げのような引越しの話とか、超高速でスタートさせた新生活のことなどネタならいくらでもあるし、気にしてくれている方もわずかながらいて下さることだからブログを更新しなきゃと思いながら、日々後回しに。今に始まったことではなく、私の更新頻度を見れば大体わかると思うのですが・・・。

 

・・・

 

とにかく、横浜でも、変わらず元気でやっております!とっても楽しんでいます。

やっと自分らしい生活をスタートさせた感じ!

 

そして、最初からびっくりするくらい、いろんな人に助けられています。

どして?って思うくらい・・・。

 

今日も、大家さんから新鮮なローカル産の卵をいっぱいもらってしまいました。

卵、ちょうど、切らしたところでした!

 

数日前は、近所の元職場の先輩が美味しい美味しいスープを届けてくれました。

 

先週は、私の友人らが2日も続けて(貴重なお休みに)買い出しに連れて行ってくれて。なんと寛大なご祝儀まで頂いてしまったり・・・。

 

他にもあの人から、大量の食品をおすそ分けしてもらったり、この人から新品の家具を譲り受けたり。

 

新規のお仕事の話もいくつか(やっぱりこれがありがたい)。

 

一体どうなってるんでしょうか??

何か、悪いことが起こるんでしょうか笑笑

 

いえ、そんなことじゃないです。

いいところに来たっていうことです。

 

毎日是感謝感謝。(←造語)

 

 

今日は午前中ちょっとだけ仕事をして、午後はみなとみらいまでお買い物に。

久しぶりにかつての庭を歩けてとっても楽しかった〜!

 

そして帰り道、空を「見上げ」たら細いお月様がぽっかり。一個前のブログで使った絵のような、爪切りしたら飛んでったようなお月様。今日こそは書きなさいとお告げを受けたようで、渋々(?)書いています。

 

 

とは言っても、本当はまだ書く感覚じゃなく、そういう時は駄文に陥りやすい。

とっ散らかってますよね、文章。

しょうがないんです、今日は人口雨です。

 

***

 

ものを作る人はよく「(インスピレーションが)降ってくる」と表現をすることがあり、私もその感覚は多い方だけど、例えば、絵を描く時の「降る」感覚は、私の場合もう少し降り注ぐ「光」のようなものかもしれない。人によって違うんだろうけど、なんというか、上からサーっと照らされている感覚。自分のものではない力が、自分の体を通して働いてくれている感覚。

 

 

文章が「降ってくる」場合、私が感じるのはまた別の感覚。

 

こちらは、実はもっと日頃からその辺の大気に浮遊していて、一定の条件下で少しずつ飽和して、小さな水滴になってポツリ、ポツリと顔とか肩に落ちてくる雨のようなもの。あ、そろそろ傘さそうかな、っていうのと似たタイミングで、文章(パソコン)広げようかな、と始めるとうまく行くことが多い。水滴の粒というのは、例えばキーワード的に頭に浮かんでくる単語とかフレーズのことで、それらがいくつか集まると、あ、書こうかな!書けそうだな!ってなる。自分の天気予報が当たると、それはそのまま気持ちの良い雨となって頭上に降り注ぎ、文字となってあっという間に地面を濡らす。

 

そういえばさ、だから私のブログ、黒いんだ!読みやすさなんて気にしてらんないんです。雨が一気にざーって降ってきた時の、徐々に黒くなるアスファルトの模様、まさにあれですね(?)。

 

これはまた、ブログを定期的に更新しないことの、大いなる言い訳として今後も使えるので(←)、「あいつなかなか更新しないなー」と思ったら、「最近ずっとあいつんとこ雨降らないなー」って気まぐれの天気を思うように、思ってください。

 

 

ちょっと、めちゃくちゃいい言い訳でした。

今日は無理やり雨乞いして、人口雨降らせました。

やっぱり駄文でした。

 

 

そんな感じで、場所変われども、変わらずマイペースでやっていきます。

 

・・・とはいえたまに様子見に来てくれると嬉しいです!

 

 

 

 

2021年

2月

02日

きっと見上げてしまう

Untitled  2014 ©︎ Hanae Tanazawa
Untitled 2014 ©︎ Hanae Tanazawa

 

突然ですが、明日引っ越しをします。

 

数日前に荷造りを初めて、まだパソコンに向かってるわけだけど、これは最後に仕舞うもの。

 

場所は、横浜市金沢区、金沢文庫。

 

もう、私のブログやなんかではお馴染みの地名だけど、複数の良縁をいただいた地で、昨年から何度も「おいで、おいで」と行ってくれた友人らの声掛けに導かれ、ここ一択と決めたアパートは同日内見者5人と言う難関にも関わらず選んでいただき、すんなりと入居が決まったのでした。

 

コロナ禍の中での引越し、のみならず、実は1月1日で、個人事業主としても登録することになりました(現在手続き中!)。

 

まさに挑戦の年、2 0 2 1 。

 

どれもこれも、なかなかヒリヒリする決断ではあったけど、とてもわかりやすい引き潮のような抗いがたいものに引っ張られ、とりあえず今これに乗っておけと言うメッセージを五感で受け取りながらの決断は実はそんなに難しくもなかったです。

 

***

 

相模原の片田舎に来て2年半、平穏さも物足りなさも感じていた中で久々にまた横浜に戻れるワクワクは大きかったけれど、引越しが近づくにつれ、急にまた切なさも募るのが人間・・・。本当にずっと、ワクワクしていたのに、急にこんなにメランコリックなテンションでブログ書くとは思っていませんでした(スミマセン苦笑)。

 

ここでは正直あまり友達らしい友達もできず(人付き合いはバイト先だけ!)、「パッとしない」時代と後々銘打ってしまうかもしれないけど、でも何にもない、平凡な暮らしがあったから、その一定のリズムにじっくり、ゆっくり癒されたのは確かでした。

 

そんな生活の中で大好きだったもの。

横浜に行ったら絶対恋しくなるもの!

 

それは、毎晩深夜(12時とか、遅いと1時とか)決行する、愛犬との散歩。

 

「危ないよ〜」って、心配する声ももちろんあったけど、私にはとっっても平安を感じる時間で、私は夜が仕事が冴える時間帯なので、1日の終わりに15分〜20分、ポッポと火照った脳みそを冷ましながら、「満天」の星空の元をのんびりと歩く日課は極上以外の何ものでもなく!

 

この時間に、私は歩きながらその日一日の復習をし、時に新しいアイディアを授かり、時に冷たい空気で深呼吸して脳みそを空っぽにするのでした。

 

満天の星空に、ぽっかりと浮かぶ大きなお月様。

黒い山並みの上を、雲がいろんな形で流れていく。

今日も一日終わったなぁ。

ちょうど凍えてきた体をお風呂に入って温めて、眠る頃にはいい具合。

 

 

この習慣ばかりは恋しくなって、私は横浜でぼやけた空を見上げては切なくなっている気がします。

 

・・・

 

 

が、とはいえ新しい空の下、頑張ろうと思います。

 

もっとちゃんとフリーランスになったご報告もしたいので、落ち着いたら改めてお知らせしますね。

 

みなさまどうぞ、見守っていてください・・・。

 

 

 

 

 

それでは、しばし最後の極上散歩へ・・・!

 

 

 

 

2021年

1月

02日

丑年の決意

 

一日遅れですが、

 

明けましておめでとうございます!

 

本年も皆様の健康が守られますように。

穏やかな、でも以前とは異なる新しい平和が訪れますように。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

画像は、今年の年賀状です!

何か一言加えたいなと思って探したら、

 

「馬に乗るまでは牛に乗れ」

ということわざを発見しました。

 

意味:

1. 高い地位につくまでには、一旦ひとまず低い地位について実力をつけるべきだということ

2. 最善策が取れないのなら、次善の策をとるべきだということ

3. 何もしないでいるよりも、少しでも前に進んだ方が良いということ

 

 

語源:

馬は牛より早く動くため、いきなり乗りこなすのは難しいので、まずは牛に乗って動物の乗り方を訓練するべきであるということ

 

 

らしいです!

 

そうですね、高い地位目指したいので!!!

 

 

って、レース嫌いって言ったばかりじゃん・・・。

3番目の、「少しでも前進」っていうのが、

今年のメッセージにいいかなと思いました。

 

そして、それに合わせて絵を描いたと思われるかもしれないですが、絵が先にあって、言葉を探しに行ったのですよー。ぴったりではないですか。

 

全く無意識に書いた大晦日(一個前)のブログも、本当はああいう内容で書くつもりなかったのに書いていたらそうなって、でもよく考えたらこの年賀状ともマッチしていて、面白いものだなーと。

 

狙ってやるよりこうやって導かれる表現好きです。

 

「歩くようなペースで、少しずつでも前進していこう」

 

というのがどうやら私の今年のテーマのようです。

 

 

間に合ってないけど、今年は色々と変えようと思って準備しています!

 

随時、お知らせしていきます。

 

 

今年も応援していただけたら嬉しいです。

 

皆様の上に神様のご加護と、たくさんの祝福がありますように。

 

 

 

棚澤英恵

 

 

2020年

12月

31日

歩むように

 

奇妙かもしれないけど、

2020年の中で私のベストショットはこれ。

 

8月頭、たんの和菓子店の丹野さん一家や、その繋がりで知り合った2家族+私と言う組み合わせで、山中湖のコテージで泊まった時のもの。

 

なぜこの写真かと言うと、

子どもたちが集まってくる前に一人で「サイコー」とか言いながらこの長椅子に寝そべってまったりしていたら、それを見ていた男の友人二人が、

 

友人1:「チルってるね〜。はなちゃんって、ストレスとかあるの?」

友人2:「ほんと、ストレスなさそう・・・」

 

私:「・・・そういえば、ストレス・・・今全然ない!!!」

 

その時のありがたさと言うか、気づきというか、何かそういう段階を一つ抜けたんだと思えた感覚を思い起こすのが、この写真なのです。

 

以前は夜中に不安で目が覚めてそのまま眠れなくなったり、ストレスでものすごい肌荒れを起こしていたこともあったことを考えると、

 

外から見ても、ストレスがない。

内から見ても、ストレスがない。

 

なんて奇跡のような、現実!

特に今年の、この状況の中で・・・。

 

多くの方々が大変な思いをされている中で、不謹慎とわかりつつも、私にとっては世界が一斉に動きを止めて立ち止まったことが、すごくホッとすることでもありました。

 

思えば、ずっと世の中のペースについていけてなかったし、そんなの気にしないって思っても、世は一方的にストップウォッチを握りしめこちらのタイムを計ってくる。

いつまでに結婚。いつまでに出産。いつまでにこうしておかないと、やばいよ英恵。

自分の声でもあったけど、他人の声でもあった。近しい人ほど、そういう時の声は大きかった。

すでにクタクタのマラソンレースの中で、フラフラな足元だけど止まったらもっと差が開いてしまう。なんとか足を前に踏み出すけど、本当はずっとずっと、立ち止まりたくて仕方なかった。

 

そんなレースの最中も、大丈夫、大丈夫だよ英恵、って脇でエールを送り続けてくれたのは、いつだって私自身の創作活動だった。エールの旗が、一枚一枚前進する私の横をかすめるように、新しい作品が現れては通り過ぎ、私を励まし前進させてくれる。

 

今年はそんなレースが急に、停止した。

「その場で待機してください。」

「歩いてもいいけど、走らないでください。」

 

止まってもいいんだったら、寝っ転がってもいいよね。

寝っ転がって空を見上げていたら、子どもたちが集まってきた。

だってそうしてるの、本当は誰だって楽しいもの。

 

 

今年はまた、初めて、「もう孤独じゃない!」と思えた年でもあった。

 

創作活動は確かに私の一番近しい拠り所だったけど、去年くらいでも「まだまだ孤独な戦いだなぁ」と感じてしまうことがあった。

 

今年は、最近になって、「あれ、そういえば前みたいな孤独感じてない!」って気づいた。

 

ふと気がつくと、同じレースに、コーチのように寄り添って走ってくれる人がいる。

休憩所で、水を手渡しするために待ってくれてる人がいる。

車で並走してメガホン片手に応援してくれる人がいる。

 

同じレースでも、こうなるとだいぶ楽。

 

 

来年は、どんな一年になるかな。

 

実際の話、私は走るのは苦手だけど、歩くのだったら何時間でも休憩なくいけちゃう人。

 

走るのではなく、歩くように、風景を楽しみながら、好き放題立ち止まりながら、美味しいもの頬張りながら、人とおしゃべりをしながら、もっと人間らしいペースで進んでいける年になるといいな。

 

 

この一年もありがとうございました。

 

 

 

棚澤英恵

 

 

 

2020年

12月

18日

夢の解像度

夢じたく Time to Dream 2020 (c) Hanae Tanazawa
夢じたく Time to Dream 2020 (c) Hanae Tanazawa

 

そこそこ忙しくしておりまして、日が空いてしまいました。

 

忙しくなくても、書かないときは書かないので単なる言い訳ですが ↑

 

 

そうだ、前回のブログでまた猫用の罠を仕掛けた話をして終わったのですが、

なななんと!

 

 

またあの優雅な金の猫ちゃんを捕まえました(ToT)

 

ミーのためにご飯を置いてるけど、しっかりとこの子を養っているようです。

 

野良ちゃんなのかな?

 

勝手にノラと名前をつけました。

 

ノラ・ジョーンズとか、平野ノラさんみたいに(笑)、カタカナ表記にするとちょっとバブリーで華やかな名前になると思いませんか。まだちゃんと見てないけど、女の子のような気がするし・・・。

 

しかし、同じくらい優雅な飼い主が近くにいることを願います。このときも真夜中で対処できなかったので、そのまま逃がしてやりました。

 

 

肝心の私のミーちゃんは、元野良だけあってしっかりと人目を盗んで生きているようで、なかなか目撃情報が聞こえてきません。でも本当に寒くなってきたので、優しい誰かに可愛がられていることを祈るばかりです・・・。何もできない私は、思い出しては独り言を言ったり、大きなため息をついたりしています。

 

 

そして時々、夢を見ます。

 

 

 

先日面白い夢を見ました。

 

 

ミーを夢の中で見つけるのですが、やはりちょっと距離があって捕まえられません。

でも、私の手のひらの中には、毛糸のようなモサモサした手触りの小さな黒猫がなんと8匹、ごにょごにょとうごめいています。うごめいているから、ぬいぐるみではなく生きた小猫と分かったのと、8匹というのは、別に数えた訳じゃないけど感覚的に8匹と分かるという、ある種の「夢の中あるある」です。それで、面白いのが、そのうち私が両手のひらで持っていたのは4匹くらいだったのですが、その小猫がみんな毛は真っ黒なのに、目の色が片目ずつ全部違う色をしていたんです。片方の目が赤でもう片方の目が緑の子、片方が黄色でもう片方が青の子、とか、そんな感じで、これも4匹の顔を見ただけだったけど、8匹全部がそうだったんだろうなとやっぱり夢の中で思いました。

 

ミーは男の子だし、去勢してるし・・・普通に考えるとミーの子じゃないんだけど、夢の中ではミーの子ってすぐわかりました。

 

すごく印象的だったので、起きたあともよく覚えていて幸せでした。

 

夢解きができる方、この夢ってどんな意味ですか!?

食いついて聞きたいくらいです。

 

もっと最近の夢では、山中湖じゃなくて相模原の家の庭にミーちゃんが帰ってきてくれました。でもやっぱり微妙に届かない距離で・・・。

 

私は飼い主なので諦めるつもりはないですが、ほとんどの方には興味がないことだと思うので、猫に関しての報告は、今後は見つかった時のみしようと思います・・・。

 

気にかけて下さっている皆さん、本当にありがとうございます。

 

 

夢と言えば、今年に入って夢の質が少し変わりました。

 

一番大きく変わったのは、時折ものすごくビビットな色彩で夢を見るようになったこと!

 

 

普通、人が見る夢の解像度はどれくらいなものでしょう。

 

 

私は考えてみれば、通常は8mmフィルムくらいな、低画質でぼんやりした質感なような気がします。

 

それが最近になって、4K並みの(←ってよく知らないけど)超高画質カラーで夢を見ることが増えました。先ほどの小猫の目も、とても鮮やかな色彩だったので、目が覚めた後もずっと印象に残っていました。

 

とは言えずっと4Kクオリティーとかではなくて、夢の一部分が急に高画質になるだけなんですが、あまりにも唐突だったので初めてそんな夢を見た時はびっくりしました。

 

その最初のビビットな夢は、とっても綺麗なターコイズブルーの鳥の羽が3枚出てくる夢でした。なぜか上半身裸の一人の男の人の上に最後の一枚が落ちていたので、目覚めたときはにちょっとドキドキしていました。笑 そろそろ新しい出逢いがあるかしら!?と期待しちゃうけど、それを見たのは今年の夏くらいで、それらしい人は残念ながらまだ現れていません(笑/涙)。それにその上半身裸の男性があまり好みではないナルシスト系だったからちょっと笑えます。

 

一番最近は、私の部屋なのか、2カ所あった窓が高画質モニターのような質感で、写真家・蜷川実花さんのようなビビットな世界観を映し出していました。

 

 

と、今のところ4Kクオリティーの夢はそんなところですが、過去にはなかった今年の変化です。夢ってそのときは楽しんでも、しばらく経ったら忘れてしまうんですが、ビビットな夢は起きた後もしっかり覚えていられるので楽しさが続きます。

 

こんな鮮やかな夢がなにかいいことの暗示であることを願って、これからも寝ぼけながらも注視しつつ、夢の中だけでもミーちゃんに会えたらいいなと願っています・・・(急に締め)。

 

 

 

皆様も温かくして素敵な夢を・・・!

 

2020年

11月

23日

Missing You

mii & me  2020  (c)  Hanae Tanazawa
mii & me 2020 (c) Hanae Tanazawa

黒猫ミーを山中湖の山中で失踪させてから2週間が過ぎました。

 

気にしてくれている方もほんの少しいて下さるかもしれないので、その後の報告です。

 

それにしても、前回の文章は、その日のうちにガーっと書いたもので、翌日読んでみたら目も当てられないほど支離滅裂な内容でした・・・。なんともお恥ずかしい代物ですが、これはこれでそのときの感情表現ということで、そのまま残しておこうと思います。それにしても、ラブレターは夜書くなと言われたりするのがよくわかる気がしますね・・・。

 

 

前回、「裏庭とか軒下にミーの気配を感じる!」と思ったものですから、スケジュール的にきつかったけど翌日の藤野でのバイトを早くあげていただき、動物病院から捕獲器をお借りして山中湖にとんぼ返り。さっそく家の脇に仕掛けました。本当にこんな罠に入ってくれるのかな・・・なんて思っていたら1時間後…捕獲器の蓋が閉まってる!中を見に行ってみると、そこにいたのは・・・

 

「ごきげんよう」と言わんばかりの優雅な佇まいで、状況としては罠に捕まっている別猫ちゃん(笑/涙)
「ごきげんよう」と言わんばかりの優雅な佇まいで、状況としては罠に捕まっている別猫ちゃん(笑/涙)

なんとも美しい小猫ちゃん!笑

 

毛が長くて上品な表情で、懐中電灯に照らされてもおびえる様子もなく。もしかしたら何かの血統書付きかしら?と思う優雅さ。こんな山の中で、こんな美しい動物を捕まえると思っていなかったのでびっくり!苦笑いするしかなく・・・。

 

たぬきとかならまだ分かるんだけどー(涙)な想定外の展開だったので、捕獲器を手配してくれた元トリマーさん(私よりも若いバイトの先輩)に電話すると、大爆笑。「うーん、そんなに綺麗で人慣れしてるんだったら、近所で飼われてる猫ちゃんが散歩中に入っちゃったのかもね」ということで、念のため迷子猫の情報も確認した上で逃がしてあげました。とりあえず、捕獲器がちゃんと使えることは確認できました。笑

 

もう入ってくるんじゃないよ
もう入ってくるんじゃないよ

でもまぁ正直がっかりはがっかりで・・・。そしたら、前日に感じた猫の気配は、ミーじゃなくてこの子だったのかぁ・・・。この子の縄張りだとしたら、ミーは家に近づいて来ないかな・・・。

 

でも、その時ふと思ったのです。この子は優雅で美しくて、若くて可愛いけど(6ヶ月くらい?)、私にはやっぱり、あの骨太で鼻ったらしでどこにでもいそうでかけがえのない、あの普通の黒猫ミーがいいなぁって。たとえミーが帰って来なくて、わらしべ長者のように、この美しい猫ちゃんを次に飼えたとしても、きっとミーを失った穴は埋められないだろうなぁって。

 

金の斧か銀の斧か普通の斧か尋ねられたら、私は迷わず自分の大切な普通の斧を選ぶと思ったのでした・・・。

 

その後は、自作でポスターを作り、ご近所さんに配ったり、コンビニや郵便局、レストランなどに掲示をお願いしてまわったりしました。

 

いくつかいただいたご連絡の中で(ご連絡いただけるだけでも、誰かが覚えてくれてるんだと心が温かくなります)、唯一有力に感じたのが、湖畔近くにあるレストランからの電話。「はっきりとそうとは言えないけど、大きめの黒猫が単独で敷地内を歩いていたらしい」といわれ、5日くらい経ってしまったけど、今日テイクアウトコーヒーを飲みながらしばらく外のカフェにいさせてもらいました。しかし、そう簡単に見つけられるはずもなく・・・。明日もまた行ってみようと思います。ずっと天気が良かったのがせめてもの救いで、あれ以来、山中湖の天気予報が気になる毎日。今日は曇り空。もう少ししたら本格的に冬の気温になっていくんだって・・・。

 

他にそれらしい情報もなく、こんなに長い間姿を見られずにどう過ごしているの?と思うけど、私がいない間は両親にたのんだりして家の玄関先に置いているエサは何度か消えており(!)、今晩はまた罠をしかけてみています。

 

ミーちゃんが入ってくれるといいな・・・。

それともまた、あの優雅な金の斧ちゃんが入っちゃうかな。

 

・・・そんな感じで、捜索まだまだがんばります。

 

 

と、「そうさく」って漢字変換したら最初に「創作」って出てきました。

想定外の日々にあたふたしながら(←自業自得)、創作の方もなんとかがんばっています。こんなときだけど、作らなきゃいけないものがあるというのはそれはそれで癒しです。

でも、創作の傍らに、やっぱりミーがいてほしいな・・・。

 

気にして下さっている皆さん、本当にありがとうございます!

 

(上の作品含め)今年の5月頃
(上の作品含め)今年の5月頃
帰っておいで
帰っておいで

2020年

11月

09日

私に知らせて、なぐさめて下さい・・・。

ちょうど去年の今頃、懐き始めた頃
ちょうど去年の今頃、懐き始めた頃

11月8日は起き抜けにバイデン候補の当確のニュースを知り、

足下ふとんの上で寝ていた黒猫のミーちゃんに、「今日は新しい朝だよ!」

と言いながらチュッチュしてカーテンを開けた。

 

連休になったのと、天気が思いの外良くなったので、

午後になって急に思い立ち、迷っていた山中湖行きを決めて準備した。

今年の山中湖の紅葉がとりわけ素晴らしいと聞いてしまっていたから。

迷ったけど、初めてミーも一緒に連れていくことにした。

それが、後悔の始まりだった。

 

日が暮れる前に着きたいと気がせった私は、彼の抵抗を無視して抱き上げキャリーバッグに押し込んだ。車の助手席に乗せ、クネクネ山道をどんどん行く。後ろの荷物スペースには犬のさんちゃん。

しばらく、不安な時に発する低い唸り声で鳴いていたけど、

途中バッグに手を入れてなでていたら、ひっかいてくるでもなく、比較的大丈夫そうな感じ。

ふいにすごい勢いで顔を突き出してきたから、

まぁ平気だろうと助手席に座らせたらすぐに座り込んで落ち着いた。

でも逃げられないように、気をつけなきゃ。

途中100均で、つけたことのない首輪を買ってはめたけど、これも全く抵抗しない。

キャリーバッグが嫌だったのかな?

案外このままでもなんとかなるかも。

間に合わせの子犬用リードも首輪につけ、

ミーのトイレが気になったのもあり、

家についてそのまま地面に降ろしてしまった。

ミーは怒ったようにグイグイ歩き出し、

あっという間に安い首輪のホックが外れてしまった!

あ、しまった!

ミーは知らない山中湖の土地をグングン山の方に登っていく。

見失わないようにと私は必死で後を追う。

あっという間に車道を越えて人の入らない森の中に入ってしまった!

追ったら余計上に行きそうだったから、

私は道路に立ち止まりひたすら下から呼びかけた。

最悪、下に降りてくれればいい。

時は5時前。日はどんどん傾き暗くなっていく。

もう時間がないなと思ったとき、私はこのままでは後悔しそうだったから、

森に踏み入って、ミーが最後にいた辺りで必死に名前を呼ぶ。

何分くらい呼んだだろう。

気付いたら、思っていたより近くの木の根っこにじっと臥せてこっちを見ていた。

「いた!」私は嬉しくなって、

「ミーちゃん!」と一歩二歩近づいた。

ミーは一番の恐怖が私であったかのように、あっという間に山の奥まで逃げてしまった。

止まっ・・・たように見えた。

暗くなるし、追ったらもっと遠くに行ってしまう。

私は道路に戻って名前を呼びながら、

帰ってくる方向はこっちだよと何度も念じて家に帰った。

実はその間犬のサンちゃんは近所の柵につながれて、彼は彼で不安な状況にしてしまっていた。

暗くなったら何もできないし、最後に臥せていた姿が、

まだ私の側から離れるつもりではない気がして、それが安心材料となって、

その夜は数カ所にエサと水を置くだけにした。

 

当日の予定では、ミーを家に残し、さんちゃんを連れて湖畔沿いの

紅葉のライトアップに行こうと思っていたけど、そんな気持ちもすっかり失せた。

オンラインの仕事を持ってきてしまっていたので、そんなことをやって、

眠れないながらもなんとか2時過ぎ寝た夢の中でも、やっぱりミーを探していた。

 

早起きが大嫌いな私だけど、今朝はなんとか7時台に起きた。

 

まず朗報!前日玄関先に仕掛けたエサがなくなっている!

他の動物かもしれないけど、2つの小さな鉢に並べたエサと水。

散らかすことなく上手に食べてる。

ミーかな?ミーであってほしい!

 

私の実家は別荘地内にあり、周囲にポツンポツンと別荘が点在していて、

人は来てたり、いなかったり。

 

たまたまミーが前日通り抜けたお家の庭の横を通ったら、

人が出てきたので声をかけた。

女性の方はすごく心配してくれたけど、

ご夫婦はすぐに車に乗ってどこかに行かれた。

 

猫はとりわけ耳がよく、20m先のネズミの足音も聞こえると

前日の夜眠れぬ布団の中で調べて知ったので、とにかく名前を呼んでみる。

方向を聞き分けるのも、犬や人間よりも正確らしい。

とにかく、来るべき方向さえわかってくれればいい。

私じゃなくてもいい、誰かの前に姿を見せて・・・。

 

情報を書きなぐったメモを持って、見かける人たちに声をかける。

今まで遠くから見ることはあっても挨拶すらしたことなかった近所の人たち。

説明しながら、すぐ涙声になってしまう。

皆さん同情してとても優しい言葉をかけてくれた。

「自分も」「隣の人も」「犬を」「猫を」失踪させて、「帰ってきた」「帰って来なかった」。

色んな共感の声と励ましをいただく。

 

ミーと私の最初の出逢いがそうだったように、

私は、彼がどうしてもお腹が空いたらちゃんと人に頼ると思っている。

今回はギリギリ2泊しかできないけど、またすぐ戻ってくる。

皆さんの優しい言葉を受けて、少しずつ冷静になって、

長期戦に乗り変える気持ちになっていく。

 

一日中、何をやっても後悔が渦を巻く。

一日くらいだったら、置いてくるのが正解だったと、ちょっと調べれば出てきた。

キャリーバッグに押し込んだ時のミーの必死の抵抗。

車中の不安な時に出す、いつもと違う低い唸り声。

最後に触れた毛の柔らかさや温もり。

逃げながら、私を恐れるように振り向いた目。

 

名前を何度も連呼しながら、私が呼ぶから出て来ないんじゃないかと思えてきた。

どんなに信頼し合っていても、一度大きく裏切ってしまったら帳消しになってしまうことだってある。私はミーにとって、ひどい裏切りの人間、一番信じられない人になってしまったのかもしれない。

 

夕暮れの5時までが勝負と思い、できることは全部した。

役場、保健所、警察署、別荘の管理事務所にも連絡して。

知らないお宅にピンポンして。

何度も同じところを行ったり来たり。

森の中に座り込んで味のしないお弁当を口に詰め込んで。

 

今回これをわざわざ感情的に書いているのは、

どちらかというと自分が忘れないように記録するため。

昨日今日は自分で起こした最悪な日でありながら、

近所にこんなに優しい人たちが住んでいると知れた素敵な日にもなった。

そのことを記録しておくため。

 

午後2時頃、気分転換に、やっぱりさんちゃんと湖畔の紅葉祭りを散歩することにした。

目の前におじさん、おばさんが手を繋いで紅葉を指差しながら楽しそうに歩いている。

この世に生きる人みんなが、その手の温もりをどうか忘れないでと思う。

人が人を愛する勇気とか、失う恐怖とか。

バイデンさんは前妻と一歳の娘さんを亡くしたんだよな。

息子さんにすら先立たれた。

それで70いくつになってアメリカの大統領か。

 

 

紅葉なんて見てる場合かと思ったけど、悔しいかな、

こんな時でも紅葉はやっぱり綺麗で、写真なんか撮ってしまった。

 

朝一で話しかけたご夫婦はまた戻ってきて、

お話したら、なんと偶然にも奥さんの方が普段から動物の保護活動をされている方と発覚!

ご自身も猫を何匹も保護して飼ってて、だからとてもご理解があり同情的で、

すごく実用的な情報をいくつもいただいた。

午後にもう一度見失ったところに行ったら、

向こうからわざわざ歩いて探して下さっているところに遭遇。今朝初めましてから早3度目。

色々と話しているうちに、

本当に心強い気持ちになって冷静になり、涙も奥に引っ込んだ。

こんなきっかけがなかったら、私は素敵なご近所さんを知ることがなかったと思う。

 

こんな親切な誰かのお宅を頼ってくれればいい。

とにかくすぐにでも、大好きなご飯と温かい居場所を確保してほしいの、ミーちゃん。

 

そうだ、忘れずに全部、今日感じたこと書いておきたいんだ。

何度もよぎったのはサンテグジュペリの「星の王子さま」。

「星全部が笑ってるような気がする」は、「山全部がミャーと言ってる」みたいだったし、

「最後に、もしも王子さまを見かけたら、手紙で知らせて私をなぐさめて下さい」というところは、「ちょっとした目撃情報でもいいので教えて下さい」になった。

同じ作者の「夜間飛行」かな、「人間の土地」かな、忘れたけど、悪天候で方向を見失った操縦士が小さな光のきらめきにギリギリの希望を託す心理を、私は遠くの黒い岩とか腐った木の根っこの影に何度も何度も見た。

 

後悔先に立たず。

覆水盆に返らず。

 

小学生のころ自分で実験をしても知ったんだ。

時間は戻らないってこと。

1つの石ころを蹴って、

それを全く同じところに戻して、

全く同じところに蹴られることなんてないんだってこと。

たとえ奇跡的にできたとしても、その軌道は違った形を描いてるだろうし、

その瞬間に周囲は変化してしまっている。

全く同じ時間なんて一瞬もない。

 

コロナでたくさんの人が死んでしまった。

その人たちは、何をどうやっても、帰ってはこない。

 

 

でも・・・実はさっきから、唯一の希望、仕掛けたエサがなくなっている!

庭の玄関から少しずつ近づけて置いたエサが、もう3回もなくなっている!

この辺でいるとしたら、シカがたくさんと、イノシシは噂程度。

シカもイノシシも、あんなにお皿を動かさずきれいに食べれるかな。

これを書いてる途中、裏庭の落ち葉がカサカサいう音がして、

何かが軒下に潜り込んだ気がしたんだ。

ミーかな?

ミーだと思う!

でも呼んでも気配を隠してる。

私のことが嫌いだから。

 

昨日よりも今日は寒く、吐く息が夕暮れ時には白い。

万年涙・鼻水垂らしのミーのぐじゅぐじゅの顔を思い浮かべたら

夕食の冷凍ピザを温めながら情緒不安定な人みたいにまた声を上げて泣いたよ。

あの汚い顔をティッシュで拭いてあげるのが好きなんだ。

どちらかというとブサイクなあの顔が大好きなんだよ・・・。

 

明日の朝発つギリギリまで、まだ時間はある。

ミーちゃん、ごめんね。

扉を開けて、ごはん置いておくからね・・・。

 

 

 

2020年

10月

19日

看脚下

元気娘 A Fine Girl 2016 ©︎ Hanae Tanazawa
元気娘 A Fine Girl 2016 ©︎ Hanae Tanazawa

 

今年になって動画制作を主軸に一人で会社を立ち上げた知人がいて、彼の会社名が、「看脚下」。

 

「看脚下(かんきゃっか)」とは禅の言葉らしく、意味は、「自分の足元をみよ」「足元に注意せよ」「履物を揃えて脱げ」「己の立脚するところを忘れるな」などなど(Weblio辞書参照)。

 

最初に会社名を「看脚下」にすると聞いた時、「カンキャッカ?カンキャッカ・・・かん、却下?」え、その響き、経営的に大丈夫?なんて勝手に心配したものですが(笑)、最近になってふと、いい社名をつけたなぁと思う。看脚下。自分の足元を看よ。

 

この看脚下代表取締役(←一人だけど)花田氏とは、とは言えほんの一年ほどの仲。金沢文庫の「たんの和菓子店」さんつながりで増えた知り合いの一人で、今では素敵なご家族にもお世話になりながら、私にもいくつかお仕事を紹介していただいたりして。最近では私のフリーランス業も気にかけてくれて、ちゃんと個人事業主になった方がいいよってことで、重い腰を上げて私もようやく勉強し始めました。ちなみに年齢は私より若いです、この文面だと伝わらないかと思い補足(笑)。

 

この花田氏のおかげと、私自身以前からいただいているお仕事や、全く新規のお仕事も重なり、最近になって急に片手では収まらない案件を抱えて驚いているのと、嬉しくてわかりやすく自分が浮き足立ってます。なんかほっといたら簡単に調子に乗ってしまいそう、と、時々自分を引っ張り下ろしながら、それでも納期が来年に及ぶものもいくつかあり、今までよりも少し目線が遠くにある感じ。ふわふわして、どの仕事から取り掛かろう、とか、他の案件のことが気になったりしてどうも一つの仕事に集中できない。

 

 

そこに浮かんできたのがこの言葉。「看脚下」。

 

 

足元を看なさい。

目の前のものに一つ一つ、丁寧に、有り難く取り組みなさい。

今までのように、これからも、ずっと。

 

お仕事がいただけて浮かれそうになるのも一つの未来。

お仕事が同じようにあるかなと心配するのもまた一つの未来。

 

だけども、将来のお仕事を呼んでくれるのも、

きっと今目の前にあるこの仕事だから。

しっかりそれに集中しよう。

 

よし、今日、明日はイラストの案件と、テキスト制作のお仕事を進めて・・・。

 

 

 

・・・と、思った矢先、また普段より割のいい(翻訳の)案件取ってしまったー!(こちらはクラウドで受託するお仕事なので、私が取らなくても他の翻訳者さんが取れる仕組み。)

 

目の前の自分のお仕事さっそく先延ばしー!

 

欲め!!

煩悩め!!(←違うか?笑)

 

と、自分を攻めながらも(苦笑)、でもなんでもできるだけのことはしたいし(翻訳の仕事も大好きなんです)、全部のお仕事できちんと満足してもらえるように、看脚下精神で頑張りたいと思います!

 

 

(新規ご依頼・お問い合わせも随時お待ちしています!)

 

 

 

2020年

9月

22日

On this Winding Road

Cycling Under the Moon 2003(?) ©︎ Hanae Tanazawa
Cycling Under the Moon 2003(?) ©︎ Hanae Tanazawa

 

私は今住んでいる神奈川県の藤野と山梨県の山中湖村を行き来するとき、大抵いつも道志村という綺麗な川沿いの村を通る。昨日おとといも山中湖の友人のカフェを手伝い、山中湖畔では初めて渋滞に30分ほどはまりながら夜な夜な帰ってきた。

 

このルートは普通に運転するとぴったり1時間くらいの道のりで、信号が少ないくねくねした山道。通過する道志村は、透明に澄んで夏でも冷たい道志川がきれいな小さな集落で、両サイドを森に囲まれ、天気がよければ大きな富士山も見える。そのためか、ガチなライダーや自転車乗りも多く、気をつけながらその時々に好きなことを思うのだけど、最近は通るたび必ず考えることが3つある。

 

 

***

 

 

1つ目。コミュニケーションのこと。

 

この道を通るようになってまだ2年くらいだけど、この短い間に、バイクのライダーたちとのちょっとしたコミュニケーションが非常に爽やかになった。

 

以前は煽られているのを感じると車を脇に寄せ、彼らのこれ見よがしな(?)加速音とともに走り去る後ろ姿を見るだけだったのだけど、この1年くらい、同じような状況では、通りすがりに少しだけヘルメット頭をこちらに向けて、左手をさっとあげて会釈していく爽やかなライダーが急増した。誰が広めてくれたマナーなのか知らないが、今ではほとんどのライダーがこの仕草をして通り過ぎてくれて、こんな些細な動作一つで、道を譲った方の気分は全然違うんだなとちょっとびっくりする。

 

カーブの多い一本道だから、当然車同士のスピードの出し方にも違いがあり、煽るつもりじゃなくても結果的に私も煽ってしまっているような場合もある。私は前後に車がいないのが好きなので、後ろに車がつくと早めに譲るようにしているが、時々、背後は一切構いませんというなかなかハートの強い車もいたりするので、そういう時に私は、「すみません、お願いですから道を先に譲っていただけませんか?」と、背後から何かしらの方法で合図を送れないかと考えたりする。それができないうちは、私はただの感じの悪い煽り屋のまま(そこまで超接近はしていないけど!笑)。本気で急いでいるときは、こっちの性格もまぁいとも簡単に悪くなるもので、人間ってちょっとコミュニケーションが取れないだけでこうも不自由するんですね。私なりにライトとかクラクションを使う方法を考えてみたけど、伝わらないうちはきっとそれも煽り行為・・・。なんだろう、LINEスタンプ的な軽やかな意思疎通アイテムとか?これに関しては個人的ニーズがありすぎて(←どんだけ普段煽ってると思われちゃうかな笑)、何らかの方法が見つかったら相当のヒット商品になると思いますので、閃いた方は積極的に商品化して世に広めてほしいと思います!ま、一番の解決方法は時間に余裕を持って出かけるってことなんですけどね。

 

コミュニケーション。

 

難しいようで、ささやかなこと。

 

 

Silent Yamanakako 静かな湖畔 2003年(?) ©︎ Hanae Tanazawa
Silent Yamanakako 静かな湖畔 2003年(?) ©︎ Hanae Tanazawa

 

2つ目は、開催されなかった東京五輪2020のこと。

 

もし開催されていたら、このルートの大部分が、自転車競技に使われている予定だった。すっごく多くの観光客がこの場所を訪れ、この静かな村が国際色豊かな人々で溢れたのだろうなと思うと、ひっそりといつものまま佇ずむこの村を見て、起こらなかったパラレルワールドの不思議を思う。

 

山中湖畔もルートになっていたので、今でもあちこちに東京五輪のフラッグやポスターを見かける。片付けるタイミングを見失ったのか、来年に希望を引き延ばす意味で敢えてそのままにしているのかわからないけど、正直見ていて少し痛々しい・・・。

 

道志川で遊ぶサンディー 2015年夏
道志川で遊ぶサンディー 2015年夏

 

3つ目は、昨年道志川のキャンプで行方不明になった小倉美咲ちゃんという当時小学校1年生の女の子のこと。たまたま通った昨日9月21日は、彼女が行方不明になってちょうど一年目の日ということだった。実は山中湖ももう夜は寒くて、その日も前日も、私は家で灯油ストーブを焚いてしまったほど(!)。テレビでインタビューに答えていた美咲ちゃんのお母さんは、「当時も今日のようだった」と話していて、こんな冷たい空気の夜に、一体何が起こったのかと今でも不思議に思う。この一年、私たちがそれなりに色んなことを楽しんでいた合間にも、一日も心から楽しめる日はなかったんだろうなと、ご家族の辛さを想う。私はなんとなく誘拐事件だと思っているから、どうか美咲ちゃんがまだどこかで元気でいますように。彼女のSOSに一日も早く気づくことができますように・・・。

 

フーテンの戌さん 2015年夏 道志川にて  「なぁに、大丈夫だよ」
フーテンの戌さん 2015年夏 道志川にて 「なぁに、大丈夫だよ」

 

*** 

 

もう一つおまけで考えてしまうのは、友人がこの道志村に嫁いでついにこの夏家を建てたので、いつ遊びに行こうかと思っていること!

 

ぜひとも夏の間にと思っていたけど、

夏はもうすっかり終わってしまったようですね・・・。

 

 

 

 

2020年

8月

29日

人が死ぬ月

8月といえば世間では遊ぶ月。

でも私が育った山中湖では、サラリーマン家庭以外はとにかく一日も休まず働く、働く、働く月!極端ではなく、7、8月に年収の大部分を稼ぐところもあって、夏の終わりにはみんな心身ともにボロボロ。同業者同士、買い出し先のスーパーなんかで会うと「あと少し、あと少しだね〜」と励まし合って生き延びるのが定例で、文字通り、アリとキリギリスのアリのような生活スタイルなのだけど、私はメリハリがあってそんなサイクルが好き。世間の夏休みムードがすっかり落ち着いたころ、自分たちのタイミングで休みをとって遊びに行けるのも魅力的。

 

そういう理由で8月は私の年中サイクルの中でも一番よく(創作活動以外の部分で)「働く」月。人が忙しくしてるのに手伝わないのは少し罪悪感を感じるくらい。

 

それだけじゃなくて、8月はよく「本を読む」月でもある。よく、「読書の秋」っていうけれど、私には「読書の夏」っていうのもあって、普段なかなか手を伸ばせない重めの文学作品とか、文章量のあるものに取りかかるのはけっこう夏だったりする。

 

理由も単純で、ペンションとか宿系の仕事は、早朝から夕食の片付けまで就労時間が長く、その代わり昼の休憩時間もまあまあ長い。そこで一旦家に帰り、私は庭先の(小さな我が実家で一番居心地のいい屋外リビングとも言える)ハンモックで、ウトウト昼寝したり、そして読書をして体を休めるのである。葉っぱが擦れ合う音は心地よく、合間を通り抜けて肌に触れてくる空気はひんやりと気持ちがいい。本当にこの時間で心身がリセットされる。

 

 

 

2年前の夏はまとめて谷崎作品を何作か読んだ。それを思い出して昨年くらいに作った「趣味の」装丁。原画は2015年度作。(c) Hanae Tanazawa
2年前の夏はまとめて谷崎作品を何作か読んだ。それを思い出して昨年くらいに作った「趣味の」装丁。原画は2015年度作。(c) Hanae Tanazawa

 

 

とはいいつつも、今年はあまりまとまった時間がなくて例年ほど読めてはいないのだけど、いくつか読んだものは、気がつくとどこか戦争に触れているものが多かった。

 

考えてみれば、第2次世界大戦以降の、とりわけ私が最近好む昭和という時代は、小説であれ自伝であれドラマであれ、全て戦争があって初めて語ることができる時代。「戦後復興」「高度経済成長」「近代化」なんて言葉はどこか魅力的で、今まではその眩しく上がり調子な部分ばかりに目が行ってたけど、その右肩あがりの銀光りする滑り台の、本当に下の下の泥沼の地面まで想像力で落ちてみたことが、私は今まであまりにもなさすぎたかもしれない。本当は私たちの今の歴史は、その泥沼の地面の上に立っている。

 

***

 

 

今回つま先くらいでも、その泥に触れたかなと思ったのは、小田実さんという方が書いた、パラオのペリリュー島での日本軍の玉砕を題材にした小説。私の大好きなドナルド・キーンさんからたどり着いた。

ペリリュー島は、私の父方の実の祖父が戦死したところ。そんなことを知ったのもほんの数年前で、そのときはその風変わりな島の名前を頭に叩き込むだけしておいた私。私どころか父も祖父を知らないので、これまで一向に語られることもなく、感情を動かすにはあまりにも他人すぎた祖父だけど、冷静に考えると、その人の血は確実に自分の中に流れて今、私の心臓を動かしている。建前以上の興味を持ちにくかった戦争を知るには、私にとってこのおじいちゃんが唯一、本当に降りていける滑り台かもしれない。

 

おじいちゃんは軍医だったから、あいにく代用して読めるような登場人物は小説の中にはいなかったけど、アメリカ軍に2、3日で制圧できると思われていた日本軍が、複雑な洞窟を駆使して3ヶ月近く粘ったことや、玉砕直前までギリギリに追いつめられていく凄まじい様子は本当に少しだけ、感じ取れた気がする。本を閉じてからペリリュー島をネット検索すると、描写されていた洞窟内部の画像などが出てきて、いつか、その地に降りてみたいと思うようになった。おじいちゃんを足がかりに、戦争のことをもう少しきちんと知ることが、直感としてなんだか今すごく重要な気がする。・・・今の時代のこの不安定な情勢が、そんな気持ちにさせるのだろうか。

 

 

***

 

 

話が反れるようだけど、以前働いていたペンションのご夫婦にようやくクサボケちゃんを届けることができた先日、そのご夫婦のお知り合いで引退したペンション仲間のご主人(私は知らない)が最近、観光に訪れていた車とぶつかって亡くなった話を聞いた。ようやく懸命な働きアリが優雅に暮らせたかもしれないという、これからのとき!相手方にも、双方の家族にも情が湧く。

 

数日前は別の知人のおじいさんが、自宅でお昼を食べ、おばあさんも側にいる中で昼寝をしながら亡くなった話を聞いた。それは私が人生で聞いてきた中で、最高の亡くなり方!

 

どちらも突然の死の話だったので、知らないなりにもそれなりにショックを受けた。私はこの年になってもありがたいくらい死に縁遠く生きてきており、そういう話は子ども並みに聞き慣れていない。かと思ったら、ちょうど今読んでいる本の登場人物も8月24日に亡くなったという文章に出くわす!小津、黒澤に先んじて日本の巨匠と言われていた溝口健二という映画監督。こちらは病死だった。

 

そういえばお年寄りは真夏と真冬によく死ぬという。

統計を調べようと思ったら、やけにコロナのデータばかり上がってくるからやめた。

 

でもよく考えたら、これまでも8月は、すごくたくさんの人が死んだ月だった。

 

 

 

 

 

2020年

7月

21日

船とロケット

A Lonesome Journey  孤独な航海  2012  ©︎ Hanae Tanazawa
A Lonesome Journey 孤独な航海 2012 ©︎ Hanae Tanazawa

 

今日は早くも7月21日!

 

こんなに7月感のない7月は、大げさでなく人生で初めてかもしれない。

長引く梅雨のせいでもあるけど(それに関してはその後の真夏が怖すぎて意外と嫌いではない)、それだけではない。

 

7/8から7/17くらいは、心の中も相当の空模様だった。

どこからまとめたらいいかもわからないくらい。

 

*今回書くことは主にネットで感知した人の中では「相当」ざわついていたのだけど、世間一般的なところまではいかなかったので、フォローしていない人にはこの心情は伝わらないかもしれない。政治に関する話です。前置きとして。

 

色々、ここでもインスタでも、時々あえて政治的なことを書くようにチャレンジしているんだけど、実は書くこと以外にもこの夏はチャレンジしようとしていたことがあった。

 

それは私が応援する、れいわ新選組の「元」(になってしまった!ところが問題の核)公認候補大西つねきさんの講演会を山梨で主催しよう!というもの。一人への声かけから、数日のうちに早くも5人の仲間が集い、会場を見たり、チラシを作成したりとかなり順調に準備をしていたところ・・・。

 

7/3のつねきさん配信による動画内で、「政治家は命の選別をするべき」というような発言に問題ありと、7/7くらいからネット上(特にれいわ界隈)で大騒ぎになってしまい、なんと7/16にはつねきさんがれいわ新選組から除籍されるという結果に・・・!詳しいことはあまりにも長くなるので下記リンク動画などで調べてみてほしいが、要は、私が一番応援している「れいわ新選組」という政党と、その中でも一番に応援していた「大西つねき」候補者が、袂を別つことになってしまったのだ・・・。

 

ネット上では、つねきさんにも、れいわ新選組や山本太郎さんの対応にも、ものスゴーーーーイ数の解釈と非難、擁護が行き交い、読むのも聞くのも精神的にかなりしんどかったけど(しんどさを悪化させたのが、ちょうど同じタイミングで行方不明になった我が家の愛犬!死に場所を求めて旅立ったかと思ったけど、無事に保護されて5日後帰ってきました)、結論だけ言うと、私は変わらず「れいわ新選組」という政党と、「大西つねき」という個人を両方とも応援し続けることに決めた(少なくとも今は)。私なりに双方の言い分を聞いて、個人的にはやはり基本的な理念や方向性が違ったのだから仕方がない、という結論に至った。肝心の問題発言の部分だけど、私はもう一年半もこの方の発言に耳を傾けていたので、言葉の選択はかなりまずかったとは思うけど、ご本人もそれを認めたのであとは言うことなし。

 

*・・・と、ここまででどういう話なのか気になった人は時系列を追ってチェックすることをお勧め(どれもまぁまぁ長いので、質疑応答部分は省略してもよいかも)。大まかにこの3つ。

 

7/3 大西つねきさんの問題となった動画

7/16 れいわ新選組山本太郎氏による、つねきさんの処分に関する会見

7/17 除籍後の大西つねきさんによる記者会見

 

 

 

ほぼ完成していたチラシ・・・会場を抑える3日前に大騒動になってしまいイベントそのものは保留に。でも今は見送ったとしても、いつか更新して使います(たいです)!
ほぼ完成していたチラシ・・・会場を抑える3日前に大騒動になってしまいイベントそのものは保留に。でも今は見送ったとしても、いつか更新して使います(たいです)!
つねきさんの肩に乗っけたれいわ新選組の旗は使えなくなっちゃった
つねきさんの肩に乗っけたれいわ新選組の旗は使えなくなっちゃった

私が思うれいわ新選組の良さは、弱者に寄り添い、今、すぐ、ここ、と言うスピード感や、庶民的目線。すぐそこにいる、という感じがする。

 

つねきさんの良さは、様々なボランティア経験や自営業経験からもくる、人々の心というミクロへの共感性に加えて、もっと遠くて大きくて明るい未来へのマクロなビジョン。特に、「お金の発行の仕組みを変える」という壮大なビジョンは、本気で叶えたいと思えるワクワクするもの!

 

というわけでこの双方、大枠一致しているように見えていたけれど、考え方にズレが生じていったのは、新型コロナがきっかけだったみたいです。物事が起これば、捉え方も人それぞれ。まさかあんなことが、こんなことになってしまうなんてね。

 

 

***

 

そうやって考えると、政党っていうのは、1つの大きな船のようなものかもしれないと思えてきた。

 

 

基本理念は、その船底の部分。その中に抱える議員はそれぞれ個性的な部屋を持っていてもいいかもしれないが、肝心の船底部分はある程度統一した素材が提供できて、水漏れを起こさないことが重要。それが、れいわ新選組は「誰もが生きてていい世の中にする」という優しい素材。

 

れいわ新選組の庶民感は、私にはどこかノアの箱舟のような、素朴な木造船を想像させる。

一人でも多くの人を救うために、金槌でトンカン船を建設しながら性急ぎみに進み出し、暗闇にサーチライトを掲げて、溺れそうな人々への呼びかけをやめない。

 

一方で、大西つねきさんは、おそらくもう少し未来的な素材でできていて、進行方向は水面的なものではなく、なんというか、天空に発するロケットのような印象。いずれは同じように水平に向きを変えて地球に寄り添い旋回するが、問題の指摘の仕方や見え方は、全然違う。現時点でこの方が見つめている方向は、実は全く境界線を脱したもののように思えてならない。

 

そう考えると、在籍わずか一年で、「大西つねき、ちょっと材質違うな」と判断されてもやむを得ないような気がしてくる。というか、この時点でその判断は正解だったのではとすら思えてくる。それはどちらが悪いのでもなく、地球と地球に住む人を助けるという共通した情熱があっても、その情熱に対して、船で動くか、ロケットで動くかの違い。

 

素朴な木造船の甲板にロケット台は建設できない。

だからつねきさんは再び大地に降りて、一からロケット台を建設に。

れいわ新選組は、ノアの箱舟をこれからも作りながら、動かし続ける。

 

 

私はそのどちらもあってほしい。

 

 

 

***

 

追記(7/24)

 

膨らみすぎるかと思ってやめたけど、分けて書くほどのことでもないので改めて追記。

 

ちなみにいらないのは、灰色めいた重くて小回りの利かないアメリカ製の軍艦。

強くて立派に見えるけど老朽化激しく融通が利かず、もういつ退去してもらってもいい代物。高みからでは周囲に溺れる人々も見えず、波風を感じにくい巨艦の中で、世は平和でうまくいっていると騙し騙され喜劇が続く。船底にボコボコと空いた穴は嘘と隠蔽で塗り固めても水漏れは止まず、頑強な船内で思考停止に陥り守られていると思っている人たちは、実は船が少しずつ沈んでいることを知らない。

 

 

 

 

 

2020年

6月

21日

幸福が玄関先に歩いて来た

The happiness walked toward me   2020 ©︎ Hanae Tanazawa
The happiness walked toward me 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

 

 

今日はそんなに書くこともないんだけど、

 

というよりも、他に書きたいことがまとまりそうもなくて

 

(そのうち書く旬を過ぎるかも、残念ながら)、

 

3ヶ月ぶりに念願の温泉に浸かれた今晩は、

 

肩の凝るような仕事をせずに就寝するつもりで、

 

せめて久々にブログでもと思いつつ、

 

まじめに文章まとめる気もないから、

 

今も横で寝息をたてる癒しの黒猫ちゃん賛美。

 

 

床で作品作ってるとそばに来てじっと座ってくれたり、

 

退屈になると私と仕事の間に入ってひっくり返ってみたり、

 

お腹が空くと足元に絡みついてミャーミャー騒いだり。

 

 

黒猫は縁起が悪いと言われがちだけど、

 

世界的には幸福の象徴と言われることも多いらしく、

 

玄関先に現れると縁起が良いとか、

 

幸運をもたらすとされることも。

 

 

我が家の玄関先に来てくれた時は、

 

鼻たらしの幸福が近づいて来たと思ったよ。

 

ミーが幸福そのものだからね。

 

 

 

 

動物と人間がここまで通えるって不思議だ。

 

言葉が通じないから?

 

 

 

ミーは、なに考えてるんだろうなぁ。

 

 

 

 

Mii & Me

2020年

6月

07日

よくなっていこう

Cheer Up, Man!  励まし合い  2012 ©︎ Hanae Tanazawa
Cheer Up, Man! 励まし合い 2012 ©︎ Hanae Tanazawa

 

5月をブログ強化月間と称し、週に2回は上げる目標だったけど、いざフタを開けてみれば週に1回くらいのペースで終了・・・。自分ではそろそろ3日くらい経ったかなぁと思って書いてたのだけど、実は6日くらい経ってたりして。毎日が日曜日だとこういうことが起きます。

 

でもせっかくなので、以前よりはもう少しだけ頻度を上げて頑張りたいと思います(←どーだか!)

 

 

ここ数日は、翻訳のお仕事をいくつか続けてしていました。

 

私の「器用貧乏」さ(←「クサボケちゃん」の編集者さんに言われ、それ以来、なるほど私を一番よく表現していると思う四字熟語・・・貧乏をとって二字になるのが目標)がこういう状況の時には助けにもなり、久々に日本語と英語を行き来していました。

 

こちらはアメリカのクラウドサービスでお仕事を配給してくれる翻訳会社なのですが、登録時に試験をパスすれば受注できるようになるので、やったりやらなかったりで5年目くらいになります。最初からリモートなので、上司や同僚を小さなサムネール以外で知るでもなく、組織の末端に梅の実のようにぶら下がり、かろうじて繋がっているような、そんな距離感。でもそういうこともあってか、サポート体制はしっかりしていて、困ったらすぐにメールで連絡が取れたり、問題解決すると、サポートの働きはどうだったかと毎回フィードバックを求められたり。私の翻訳した文章も抜き打ちでチェックされて点数化され、いい点数やコメントをもらうとモチベーションも上がる仕組み・・・(その反対もある)。

 

そんなこんなで、未熟な末端果実としてでも、久々にアメリカの組織の中に属してみると、また色々と見えてくることがある。

 

アメリカって今色々あるけど、日本と比べると、やはり基本的に、下が上と戦う姿勢をしっかり持っている。ダメな部分は主張され、改善され、主張され、改善され、が繰り返し、しかも定期的に行われている。黒人と白人間の問題は、根深すぎて、なかなか劇的には変われないようだけど・・・。

 

 

今の翻訳会社では、時々アンケートが来て、この会社を他の人に勧めますか?っていうような、私が会社を評価するような機会が与えられる。最近はちょうど、ギャラが仕事に見合わないなぁって不満に思ってたところなので、そのように評価させてもらいました(おそらく皆さんの想像以上に安いです)。

 

Evaluation「評価」「査定」とか訳される)と呼ばれるこのシステムは、実はアメリカの組織では結構当たり前にやることで、以前働いていた教会のプレスクールも、年に一度「教員が」「ディレクター(校長先生)を」評価するタイミングがあったし(もちろんこういうことは全て匿名で、秘書が統計・活字化して渡す仕組み)。アメリカの大学でも、学期末になると、どの授業でも最後に「学生が」「先生を」Evaluateする仕組みになっている。基本的には用紙一枚に数字のスケールで答える項目があり、それ以外、言いたいことがあれば書けるところがある。もちろん悪いことばかりでなく、お礼なんか伝えたりすることも。

 

私、アメリカはそんなに好きになれなかったけど、こういうところは本当に合理的で、ポジティブで大好きです。

 

日本ではどうかなとちょっと調べてみたら、360度評価 (360-degree Feedback) という、上司、同僚、部下、関係者などの多方面から評価されるシステムが(やはりアメリカ輸入で)導入されるところも出てきたみたいだけど、せいぜい3割程度とのこと(ちなみにアメリカの大手企業では9割超えだそう)。

 

これって結構国民性を表してるなぁって思ったりするわけです。日本では、上は下からとやかく言われたくない(農民のくせして武士に楯突くとは何事か、から(いや、それ以前から)脈々と続く、生徒は先生の言うことだけを聞いていればいい、が律儀に継承されており)。下は言いたくても表現する方法を学んでいない。黙る、耐える、諦める、愚痴る、自分を責める、辞める、殺す、死ぬ、くらいの選択肢で大体完結させちゃうから、なんか色々勿体無いなと思ったりします。

 

下が上に対して、正式に不満を表現することができるシステム。任意とかじゃなくて、やらなければならないことになっている、「システム」。想像ですが、こういうシステムも、アメリカでは問題があるごとに改善策として、少しずつ進化していったのではないかなぁ、と思ったりするわけです。

 

 

かく言う私も、そんなにうまく自分のネガティブな気持ちを表現できるわけではありません。元来は日本人らしく避けて通りたいところがあるものの、アメリカでいいなぁと思ってからは、伝えにくいことを伝えることがもっとうまくなりたいと思うようになりました。だから、どうしてこの人に言われると喜んで動いちゃうんだろうなぁとか、どうしてこの人だと素直に謝れるんだろうなぁとか、そんな人に出くわしたら、あの人の何がいいんだろうってのをこっそり研究して、マネできそうだったらマネして、っていうことをやったりしています(まだまだ)。思うにそれはほとんどが、ちょっとした言葉の選び方だったり、声のトーンだったり、表情筋の使い方だったり、ウィットやユーモアだったり、相違を受け入れるおおらかさであったりします。この表現部門は、他の表現部門と同様、きっと永遠に修行の身です。

 

そんな身なので・・・

 

今のアメリカ、応援します。

 

香港の若者も、応援します。

 

 

少しずつ、よくなっていこう。

 

 

 

2020年

5月

22日

禅は円を描く

竹の子#2  color pastels  2020 ©︎ Hanae Tanazawa
竹の子#2 color pastels 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

かくかくしかじかの事情で、最近、禅ないしは坐禅について勉強中。

 

これが、なかなか面白いです。

 

今は図書館が使えず(もうそろそろ、貸出くらい良くないですか・・・)調べ物がネット情報だけだと心もとないので、追加で雑誌とスティーブ・ジョブスの本を1冊ずつ購入して読みかけているところ。

 

 

それで少しずつわかってきたのだけど、

 

 

禅って「今」を生きることなんだ。

 

過去でもなく、未来でもなく、「今」。

 

 

だから、その実践的修行としての坐禅は、今中の今である、一呼吸一呼吸に集中することが求められる。それを深く意識してすることで、囚われていた様々な過去の出来事や、まだ起きてもいない未来に対する不安を吐き出し、ひたすら「今」に意識を向ける。

 

これはなんでもないことのように見えて、実際にやってみると確かに良い効果があるような気がする。

 

 

***

 

考えてみると、私の一番最初の禅的体験は、二十歳手前で行ったアフリカの土地で、ボールペン一本で絵を描き始めたことだったと思う。

 

大した内容でもなかったのでとっくの昔に捨ててしまった当時の日記に、

「体の中で何かが爆発したがっているのを感じる。それが何なのかわからないのだけど・・・」というようなことを書いたのを覚えている。

 

それは人生に悩む若者ならではのグツグツと煮え立つマグマのような感覚で、その存在は確かに肌の下に大きくあって畝り、あちらかこちらかと必死に出口を探してうごめいている。私は吐き出したくても吐き出し口を見つけてあげられなくて、ただただモヤモヤとそれを抱えて困っていた。

 

運よくも、その日記を書いた少し後に、授業中にノートの片隅にいたずら書きしたのをきっかけに、私は部屋で一人こもって絵を描くことに夢中になった。

描き始めて割とすぐに、「私が人生をかけてやることはこれだ!」と解った感覚があった。(嬉しいかな、今日も絵を描き、同じ確信でいる!)

 

 

私にとって絵を描くことが、その他全てと違った決定的なこと。

 

それは、ようやく「今」を生きていると実感するようになったこと。

 

 

それまでの私は、無邪気に輝いていた子どもらしい「過去」と、それでも満ち足りていなかった数々の不満に対し「未来」を輝かしていこうということで頭がいっぱいで、その、種類違いではあれキラキラして見えた過去や未来に対し、「今」が現実的すぎて一番嫌いだった。今しなければいけないこと、今目の前にある平凡、悩み、解決しない現状・・・。一つ悩みが解決すれば、また別の悩みが生まれてくる。それは、鼻先にできたニキビ一つだったりするのだけど・・・。そうなると、そのニキビがまるで全宇宙の中心のように思えてきて、それがなかった過去や、なくなった後の未来しか欲しなくなる。今よ、さっさと過ぎ去ってくれ・・・!

でも未来にもまた、ニキビは確実にやってくる・・・。繰り返し。

 

 

絵を描くようになって、さっきまで単なる一枚の白紙だったものが、他のどこにもないユニークな存在に生まれ変わっていくのを目の当たりにし(上手い下手は別として!)、何か有機的な存在が目の前で生まれるのを最初に見る目撃者の感覚になった。こうなると、「今」が急激に面白くなった。

 

一生懸命取り組んでもうまくいかず終わることも多々あるのだけど、その、手を動かして楽しかった「今」という時間は、確実に自分を豊かにしてくれた実感があったし、そんな失敗もあるからこそ、うまく行ったときの喜びは大きかったりする。

 

 

私は、日本を飛び出しアメリカへ行き、ここは嫌いと憧れのアフリカの地へ来てもまだ悩んでいた。でも絵を描くようになってわかったのは、問題は場所じゃなかった。どこに行っても一緒についてくるのは自分の身体。自分の身体が幸せでなければ、どこに行っても幸せになれるはずはない。ようやく、どこに行っても幸せになれる方法を見つけた!

 

 

***

 

同じ頃か、アメリカに戻ってからか忘れたが、第二の禅的体験は夏目漱石の『草枕』の中にあった。有名な冒頭部分。

 

「山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。」

(夏目漱石『草枕』冒頭)

 

だから私は、絵を描くようになったんだと、それまでの20年という、自分にとってはそれなりに苦難も多かった道のりを、漱石はたったの8文で説明してしまった。私が絵に辿り着くというのは、漱石的には必然だったらしい。

 

 

それでも、今だって、いつだって、人生を考えてしまうタイミングはある。

 

でも今の自分を幸せにして、その「今」を積み重ねていけば、どこで終わっても一生が幸せになる。

 

他人を幸せにとか、人の役に立ちたいとか、そういう大義名分は、私は持ち合わせていない。そんな立派なことは、私などにはとても言えない。自分でも、なんで絵なのかわからない。それで誰かを幸せにするのか、社会の役に立つのかも。でも確かなのは、私は私という一人の人間を確実に幸せにできる。だから私は絵を描く。

 

 

そっか、私は絵を描き始めた時から、ずっと禅的思考を持っていたんだ。

 

 

迷走しそうになっても、思い出せばすぐ、円を描いて、いつものところに戻っていく。

 

 

 

 

竹の子#1  color pastels  2020 ©︎ Hanae Tanazawa
竹の子#1 color pastels 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

2020年

5月

15日

円 Circle 縁

Untitled 2020 ©︎ Hanae Tanazawa
Untitled 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

 

今日はちょっと面白い現象があったのでそのネタで一つ。

 

経験のある人もいるかもしれないけど。

 

 

最近、たんの和菓子店さんからのご縁で、横浜市金沢区にある禅寺さん、東光禅寺というところからたまにデザインのお仕事をいただくようになりました。

 

 

住職にお借りした一冊まるごと仙厓書画の本。有名な《○△□》
住職にお借りした一冊まるごと仙厓書画の本。有名な《○△□》

そもそもたんの和菓子店の定番商品として開発した○△□(まる・さんかく・しかく)シリーズは、この東光禅寺の住職さんがポツリと言った(「こういうお菓子が欲しい」的な)言葉を私が間接的に耳にし、それ絶対やったら面白いですよ!と商品化(と言っても新しく開発したのは一種類だけだけど)していただいたものになります。それを教えてくれた店主は、打ち合わせ時、あまり乗り気じゃなかったけど、翌日「△(さんかく)和菓子の新作できた!」と連絡してきたっていう逸話つき。笑

 

○△□というのは、結構禅の概念を象徴するものだったりするわけですね。それを書画で現し有名なのが仙厓和尚という方。惚れ惚れするような作品集を拝見し、いつか絶対本物を観たいと思うようになりました。

 

私はクリスチャンホーム育ちという背景がら、全くと言っていいほどお寺とは縁のない人間だったのですが、禅とか坐禅というのは少し思想として面白そうだなというのもあって、数ヶ月前、最初だけ打ち合わせを兼ねて伺ってきました(正直仏像はやっぱり恐いです)。お話ししたご住職が40代くらいの若い方で、海外経験も豊富かつ、いろんな宗教に対する実体験や理解も深い方だったので、色々とお話が弾み、今も新しく坐禅会用のイラストをご依頼いただいています。

 

とはいえ、禅や坐禅のことを知らなすぎるので、インスピレーション集めとして、オンライン坐禅会にも参加したり(とっても気持ちがいい実践的瞑想)、資料を探したりしているのですが。

 

でもまだどんなイラストがいいのかわからなくて、あぁそういえばミヒャエル・エンデもなんか言ってたかなと古い書籍を引っ張り出し(禅じゃなくて老子だったのかとか)、もっとないかなーとインターネットを漁っていたら、アップル創始者の故スティーブ・ジョブズが禅にはまっていたという記述があり、姉が置いていった本でジョブスの一冊あったなぁと引っ張り出し昨日完読。その中にちらっと出てきた仏教哲学者鈴木大拙(だいせつ)という方の名前をさらっとだけ記憶したと思ったら、今日読み返した、仙厓和尚の画集の中にその方が紹介されていて。

 

あぁなんか読んだものが繋がっている・・・と思って、今日、私が応援しているれいわ新選組の大西つねきさんの配信を見ていたら、余談でスティーブ・ジョブズの、私が読んだばかりのことを話し始めたから、おお、なんだ?!と思って。それに、つねきさんといえば、エンデでもありますから(過去ブログ参照)。

 

 

それで、面白いなーと思って今このブログを書くに至る。笑

 

円。

 

縁。

 

エン(デ、笑)。

 

ぐるっと、まぁるく繋がった。

そんな感覚なのです。

 

大西つねきさんも寄稿したという今日発売ムック本「人類総感染 猫のように生きる」・・・副題が私的に二つ前のブログの内容にもリンクして気になるし・・・(まずは立ち読みしたいなぁー)。

 

そもそも最近の猫の連作は、実は東光禅寺のヨガイベントのチラシのためのもので(作成済みだけど今イベント休止中なのでシェアできていません。涙)、それで、これまた私のアイディアで、「我が家の猫がヨガのようなことしているので、それを(僭越にも)仙厓和尚のようなタッチでというのは・・・」とご提案し、採用していただきました。

 

 

ちなみにエンデの本の中で探していた老子の言葉:

 

「粘土で器をつくる。しかし、粘土が包む虚無の空間が器の本質(有用性)なのだ」

 

も、イメージのフォルムはやっぱり、まぁるい形。

 

 

当然、いろんなものは繋がっているし、目的を持って何かを読んだりしているからリンクはし合うのだろうけど、ここ2日くらいの繋がり具合がすごかったので、記念に書いておきました。

  

 

 

あとは、イラストに繋げられるか。

 

仙厓書画《円相図》「これ食ふて 御茶まいれ」
仙厓書画《円相図》「これ食ふて 御茶まいれ」

2020 UPDATES

 

5.14. iichiオンラインショップからもクサボケちゃんが購入できるようになりました!

 

3.6. 『クサボケちゃん』がプレスリリースされました!

"Kusaboke-chan" is press-released!

https://miraipub.jp/books/2487/ 

 

3.6. Contactより『クサボケちゃん』がご注文いただけます。

You can order "Kusaboke-chan" from Contact

 

1.1. HAPPY NEW YEAR!

 

絵本『クサボケちゃん』がみらいパブリッシングより3月17日出版予定です!

 

My first picturebook "Kusaboke-chan" will be published on March 17th from Mirai Publishing!

 

 

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