人が死ぬ月

8月といえば世間では遊ぶ月。

でも私が育った山中湖では、サラリーマン家庭以外はとにかく一日も休まず働く、働く、働く月!極端ではなく、7、8月に年収の大部分を稼ぐところもあって、夏の終わりにはみんな心身ともにボロボロ。同業者同士、買い出し先のスーパーなんかで会うと「あと少し、あと少しだね〜」と励まし合って生き延びるのが定例で、文字通り、アリとキリギリスのアリのような生活スタイルなのだけど、私はメリハリがあってそんなサイクルが好き。世間の夏休みムードがすっかり落ち着いたころ、自分たちのタイミングで休みをとって遊びに行けるのも魅力的。

 

そういう理由で8月は私の年中サイクルの中でも一番よく(創作活動以外の部分で)「働く」月。人が忙しくしてるのに手伝わないのは少し罪悪感を感じるくらい。

 

それだけじゃなくて、8月はよく「本を読む」月でもある。よく、「読書の秋」っていうけれど、私には「読書の夏」っていうのもあって、普段なかなか手を伸ばせない重めの文学作品とか、文章量のあるものに取りかかるのはけっこう夏だったりする。

 

理由も単純で、ペンションとか宿系の仕事は、早朝から夕食の片付けまで就労時間が長く、その代わり昼の休憩時間もまあまあ長い。そこで一旦家に帰り、私は庭先の(小さな我が実家で一番居心地のいい屋外リビングとも言える)ハンモックで、ウトウト昼寝したり、そして読書をして体を休めるのである。葉っぱが擦れ合う音は心地よく、合間を通り抜けて肌に触れてくる空気はひんやりと気持ちがいい。本当にこの時間で心身がリセットされる。

 

 

 

2年前の夏はまとめて谷崎作品を何作か読んだ。それを思い出して昨年くらいに作った「趣味の」装丁。原画は2015年度作。(c) Hanae Tanazawa
2年前の夏はまとめて谷崎作品を何作か読んだ。それを思い出して昨年くらいに作った「趣味の」装丁。原画は2015年度作。(c) Hanae Tanazawa

 

 

とはいいつつも、今年はあまりまとまった時間がなくて例年ほど読めてはいないのだけど、いくつか読んだものは、気がつくとどこか戦争に触れているものが多かった。

 

考えてみれば、第2次世界大戦以降の、とりわけ私が最近好む昭和という時代は、小説であれ自伝であれドラマであれ、全て戦争があって初めて語ることができる時代。「戦後復興」「高度経済成長」「近代化」なんて言葉はどこか魅力的で、今まではその眩しく上がり調子な部分ばかりに目が行ってたけど、その右肩あがりの銀光りする滑り台の、本当に下の下の泥沼の地面まで想像力で落ちてみたことが、私は今まであまりにもなさすぎたかもしれない。本当は私たちの今の歴史は、その泥沼の地面の上に立っている。

 

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今回つま先くらいでも、その泥に触れたかなと思ったのは、小田実さんという方が書いた、パラオのペリリュー島での日本軍の玉砕を題材にした小説。私の大好きなドナルド・キーンさんからたどり着いた。

ペリリュー島は、私の父方の実の祖父が戦死したところ。そんなことを知ったのもほんの数年前で、そのときはその風変わりな島の名前を頭に叩き込むだけしておいた私。私どころか父も祖父を知らないので、これまで一向に語られることもなく、感情を動かすにはあまりにも他人すぎた祖父だけど、冷静に考えると、その人の血は確実に自分の中に流れて今、私の心臓を動かしている。建前以上の興味を持ちにくかった戦争を知るには、私にとってこのおじいちゃんが唯一、本当に降りていける滑り台かもしれない。

 

おじいちゃんは軍医だったから、あいにく代用して読めるような登場人物は小説の中にはいなかったけど、アメリカ軍に2、3日で制圧できると思われていた日本軍が、複雑な洞窟を駆使して3ヶ月近く粘ったことや、玉砕直前までギリギリに追いつめられていく凄まじい様子は本当に少しだけ、感じ取れた気がする。本を閉じてからペリリュー島をネット検索すると、描写されていた洞窟内部の画像などが出てきて、いつか、その地に降りてみたいと思うようになった。おじいちゃんを足がかりに、戦争のことをもう少しきちんと知ることが、直感としてなんだか今すごく重要な気がする。・・・今の時代のこの不安定な情勢が、そんな気持ちにさせるのだろうか。

 

 

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話が反れるようだけど、以前働いていたペンションのご夫婦にようやくクサボケちゃんを届けることができた先日、そのご夫婦のお知り合いで引退したペンション仲間のご主人(私は知らない)が最近、観光に訪れていた車とぶつかって亡くなった話を聞いた。ようやく懸命な働きアリが優雅に暮らせたかもしれないという、これからのとき!相手方にも、双方の家族にも情が湧く。

 

数日前は別の知人のおじいさんが、自宅でお昼を食べ、おばあさんも側にいる中で昼寝をしながら亡くなった話を聞いた。それは私が人生で聞いてきた中で、最高の亡くなり方!

 

どちらも突然の死の話だったので、知らないなりにもそれなりにショックを受けた。私はこの年になってもありがたいくらい死に縁遠く生きてきており、そういう話は子ども並みに聞き慣れていない。かと思ったら、ちょうど今読んでいる本の登場人物も8月24日に亡くなったという文章に出くわす!小津、黒澤に先んじて日本の巨匠と言われていた溝口健二という映画監督。こちらは病死だった。

 

そういえばお年寄りは真夏と真冬によく死ぬという。

統計を調べようと思ったら、やけにコロナのデータばかり上がってくるからやめた。

 

でもよく考えたら、これまでも8月は、すごくたくさんの人が死んだ月だった。

 

 

 

 

 

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