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「日本語」

  • tanazawahanae317
  • 8月2日
  • 読了時間: 2分

更新日:8月7日

Madame Vulture  ハゲタカ夫人  2025 © Hanae Tanazawa
Madame Vulture ハゲタカ夫人 2025 © Hanae Tanazawa

 米国留学も数年を経た頃、私は英語が不十分なことに加えて、日本語にもやや衰えを感じるというなんとも中途半端な一時期を過ごしていた。

 日本に一時帰国するために、サンフランシスコ空港の搭乗ゲート近くで椅子に腰掛け、時間を待っていた時のこと。

 背後に私と背中を合わせるように、ややご年配の日本人男女三人組が座り、同じように搭乗を待っていた。私は自然と聞こえてくるその懐かしく柔らかな音を、聞くともなしに聞いていた。観光客と思しきそのご年配方の会話を耳にしながら、初めて気づくことがあった。彼らはその場にいない第三者の話をしている。その相手を示す代名詞が、「あの方」だったのである。

 英語であれば、"He"か"She"しか選択肢がなく、そのため話題になっている人物が目上でも目下でもただの第三者というニュートラルな印象しか持たない。それに比べて日本語での「あの方」は、彼ら自身とその人との敬意ある関係性が表現され、また会話をしている彼ら自身の品格も上等であると、聞く方には瞬時に情報として伝わってくるのだ。

 考えてみれば、日本語で第三者を表す言葉は多々あり、「あの人」、「あの方」、「あの子」、「彼」、「彼女」、「あいつ」、「奴」など、短く双方の関係性や感情までも載せて表すことができる。英語でもしこのようなニュアンスを使い分けようと思ったら、Mr.やMrs.や、Presidentなどの肩書き+固有名詞を使ってやや具体的にならざるを得ないか、形容詞と組み合わたり短文で説明するなどもう少し回りくどい手段が必要になるのだが、日本語にはすでに代名詞として数々の選択肢が用意されている。日本語の「あの方」は年齢も性別も見えてこないわりに、ただ敬うべき人物というシルエットだけが浮かび上がってくる。

 当時の私は自らの言語的中途半端さを確かに嘆いてはいたものの、その場にいない人までもを敬う細やかな日本語の美しさに触れ、その逆カルチャーショックに一人感動を覚えずにはいられなかった。



(6月24日筆・25分)




zuihitsu・・・前日自分に課したキーワードをお題に、最低400字(原稿用紙1枚)で書く練習をしているものの一部出し

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