2020年

11月

23日

Missing You

mii & me  2020  (c)  Hanae Tanazawa
mii & me 2020 (c) Hanae Tanazawa

黒猫ミーを山中湖の山中で失踪させてから2週間が過ぎました。

 

気にしてくれている方もほんの少しいて下さるかもしれないので、その後の報告です。

 

それにしても、前回の文章は、その日のうちにガーっと書いたもので、翌日読んでみたら目も当てられないほど支離滅裂な内容でした・・・。なんともお恥ずかしい代物ですが、これはこれでそのときの感情表現ということで、そのまま残しておこうと思います。それにしても、ラブレターは夜書くなと言われたりするのがよくわかる気がしますね・・・。

 

 

前回、「裏庭とか軒下にミーの気配を感じる!」と思ったものですから、スケジュール的にきつかったけど翌日の藤野でのバイトを早くあげていただき、動物病院から捕獲器をお借りして山中湖にとんぼ返り。さっそく家の脇に仕掛けました。本当にこんな罠に入ってくれるのかな・・・なんて思っていたら1時間後…捕獲器の蓋が閉まってる!中を見に行ってみると、そこにいたのは・・・

 

「ごきげんよう」と言わんばかりの優雅な佇まいで、状況としては罠に捕まっている別猫ちゃん(笑/涙)
「ごきげんよう」と言わんばかりの優雅な佇まいで、状況としては罠に捕まっている別猫ちゃん(笑/涙)

なんとも美しい小猫ちゃん!笑

 

毛が長くて上品な表情で、懐中電灯に照らされてもおびえる様子もなく。もしかしたら何かの血統書付きかしら?と思う優雅さ。こんな山の中で、こんな美しい動物を捕まえると思っていなかったのでびっくり!苦笑いするしかなく・・・。

 

たぬきとかならまだ分かるんだけどー(涙)な想定外の展開だったので、捕獲器を手配してくれた元トリマーさん(私よりも若いバイトの先輩)に電話すると、大爆笑。「うーん、そんなに綺麗で人慣れしてるんだったら、近所で飼われてる猫ちゃんが散歩中に入っちゃったのかもね」ということで、念のため迷子猫の情報も確認した上で逃がしてあげました。とりあえず、捕獲器がちゃんと使えることは確認できました。笑

 

もう入ってくるんじゃないよ
もう入ってくるんじゃないよ

でもまぁ正直がっかりはがっかりで・・・。そしたら、前日に感じた猫の気配は、ミーじゃなくてこの子だったのかぁ・・・。この子の縄張りだとしたら、ミーは家に近づいて来ないかな・・・。

 

でも、その時ふと思ったのです。この子は優雅で美しくて、若くて可愛いけど(6ヶ月くらい?)、私にはやっぱり、あの骨太で鼻ったらしでどこにでもいそうでかけがえのない、あの普通の黒猫ミーがいいなぁって。たとえミーが帰って来なくて、わらしべ長者のように、この美しい猫ちゃんを次に飼えたとしても、きっとミーを失った穴は埋められないだろうなぁって。

 

金の斧か銀の斧か普通の斧か尋ねられたら、私は迷わず自分の大切な普通の斧を選ぶと思ったのでした・・・。

 

その後は、自作でポスターを作り、ご近所さんに配ったり、コンビニや郵便局、レストランなどに掲示をお願いしてまわったりしました。

 

いくつかいただいたご連絡の中で(ご連絡いただけるだけでも、誰かが覚えてくれてるんだと心が温かくなります)、唯一有力に感じたのが、湖畔近くにあるレストランからの電話。「はっきりとそうとは言えないけど、大きめの黒猫が単独で敷地内を歩いていたらしい」といわれ、5日くらい経ってしまったけど、今日テイクアウトコーヒーを飲みながらしばらく外のカフェにいさせてもらいました。しかし、そう簡単に見つけられるはずもなく・・・。明日もまた行ってみようと思います。ずっと天気が良かったのがせめてもの救いで、あれ以来、山中湖の天気予報が気になる毎日。今日は曇り空。もう少ししたら本格的に冬の気温になっていくんだって・・・。

 

他にそれらしい情報もなく、こんなに長い間姿を見られずにどう過ごしているの?と思うけど、私がいない間は両親にたのんだりして家の玄関先に置いているエサは何度か消えており(!)、今晩はまた罠をしかけてみています。

 

ミーちゃんが入ってくれるといいな・・・。

それともまた、あの優雅な金の斧ちゃんが入っちゃうかな。

 

・・・そんな感じで、捜索まだまだがんばります。

 

 

と、「そうさく」って漢字変換したら最初に「創作」って出てきました。

想定外の日々にあたふたしながら(←自業自得)、創作の方もなんとかがんばっています。こんなときだけど、作らなきゃいけないものがあるというのはそれはそれで癒しです。

でも、創作の傍らに、やっぱりミーがいてほしいな・・・。

 

気にして下さっている皆さん、本当にありがとうございます!

 

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2020年

11月

09日

私に知らせて、なぐさめて下さい・・・。

ちょうど去年の今頃、懐き始めた頃
ちょうど去年の今頃、懐き始めた頃

11月8日は起き抜けにバイデン候補の当確のニュースを知り、

足下ふとんの上で寝ていた黒猫のミーちゃんに、「今日は新しい朝だよ!」

と言いながらチュッチュしてカーテンを開けた。

 

連休になったのと、天気が思いの外良くなったので、

午後になって急に思い立ち、迷っていた山中湖行きを決めて準備した。

今年の山中湖の紅葉がとりわけ素晴らしいと聞いてしまっていたから。

迷ったけど、初めてミーも一緒に連れていくことにした。

それが、後悔の始まりだった。

 

日が暮れる前に着きたいと気がせった私は、彼の抵抗を無視して抱き上げキャリーバッグに押し込んだ。車の助手席に乗せ、クネクネ山道をどんどん行く。後ろの荷物スペースには犬のさんちゃん。

しばらく、不安な時に発する低い唸り声で鳴いていたけど、

途中バッグに手を入れてなでていたら、ひっかいてくるでもなく、比較的大丈夫そうな感じ。

ふいにすごい勢いで顔を突き出してきたから、

まぁ平気だろうと助手席に座らせたらすぐに座り込んで落ち着いた。

でも逃げられないように、気をつけなきゃ。

途中100均で、つけたことのない首輪を買ってはめたけど、これも全く抵抗しない。

キャリーバッグが嫌だったのかな?

案外このままでもなんとかなるかも。

間に合わせの子犬用リードも首輪につけ、

ミーのトイレが気になったのもあり、

家についてそのまま地面に降ろしてしまった。

ミーは怒ったようにグイグイ歩き出し、

あっという間に安い首輪のホックが外れてしまった!

あ、しまった!

ミーは知らない山中湖の土地をグングン山の方に登っていく。

見失わないようにと私は必死で後を追う。

あっという間に車道を越えて人の入らない森の中に入ってしまった!

追ったら余計上に行きそうだったから、

私は道路に立ち止まりひたすら下から呼びかけた。

最悪、下に降りてくれればいい。

時は5時前。日はどんどん傾き暗くなっていく。

もう時間がないなと思ったとき、私はこのままでは後悔しそうだったから、

森に踏み入って、ミーが最後にいた辺りで必死に名前を呼ぶ。

何分くらい呼んだだろう。

気付いたら、思っていたより近くの木の根っこにじっと臥せてこっちを見ていた。

「いた!」私は嬉しくなって、

「ミーちゃん!」と一歩二歩近づいた。

ミーは一番の恐怖が私であったかのように、あっという間に山の奥まで逃げてしまった。

止まっ・・・たように見えた。

暗くなるし、追ったらもっと遠くに行ってしまう。

私は道路に戻って名前を呼びながら、

帰ってくる方向はこっちだよと何度も念じて家に帰った。

実はその間犬のサンちゃんは近所の柵につながれて、彼は彼で不安な状況にしてしまっていた。

暗くなったら何もできないし、最後に臥せていた姿が、

まだ私の側から離れるつもりではない気がして、それが安心材料となって、

その夜は数カ所にエサと水を置くだけにした。

 

当日の予定では、ミーを家に残し、さんちゃんを連れて湖畔沿いの

紅葉のライトアップに行こうと思っていたけど、そんな気持ちもすっかり失せた。

オンラインの仕事を持ってきてしまっていたので、そんなことをやって、

眠れないながらもなんとか2時過ぎ寝た夢の中でも、やっぱりミーを探していた。

 

早起きが大嫌いな私だけど、今朝はなんとか7時台に起きた。

 

まず朗報!前日玄関先に仕掛けたエサがなくなっている!

他の動物かもしれないけど、2つの小さな鉢に並べたエサと水。

散らかすことなく上手に食べてる。

ミーかな?ミーであってほしい!

 

私の実家は別荘地内にあり、周囲にポツンポツンと別荘が点在していて、

人は来てたり、いなかったり。

 

たまたまミーが前日通り抜けたお家の庭の横を通ったら、

人が出てきたので声をかけた。

女性の方はすごく心配してくれたけど、

ご夫婦はすぐに車に乗ってどこかに行かれた。

 

猫はとりわけ耳がよく、20m先のネズミの足音も聞こえると

前日の夜眠れぬ布団の中で調べて知ったので、とにかく名前を呼んでみる。

方向を聞き分けるのも、犬や人間よりも正確らしい。

とにかく、来るべき方向さえわかってくれればいい。

私じゃなくてもいい、誰かの前に姿を見せて・・・。

 

情報を書きなぐったメモを持って、見かける人たちに声をかける。

今まで遠くから見ることはあっても挨拶すらしたことなかった近所の人たち。

説明しながら、すぐ涙声になってしまう。

皆さん同情してとても優しい言葉をかけてくれた。

「自分も」「隣の人も」「犬を」「猫を」失踪させて、「帰ってきた」「帰って来なかった」。

色んな共感の声と励ましをいただく。

 

ミーと私の最初の出逢いがそうだったように、

私は、彼がどうしてもお腹が空いたらちゃんと人に頼ると思っている。

今回はギリギリ2泊しかできないけど、またすぐ戻ってくる。

皆さんの優しい言葉を受けて、少しずつ冷静になって、

長期戦に乗り変える気持ちになっていく。

 

一日中、何をやっても後悔が渦を巻く。

一日くらいだったら、置いてくるのが正解だったと、ちょっと調べれば出てきた。

キャリーバッグに押し込んだ時のミーの必死の抵抗。

車中の不安な時に出す、いつもと違う低い唸り声。

最後に触れた毛の柔らかさや温もり。

逃げながら、私を恐れるように振り向いた目。

 

名前を何度も連呼しながら、私が呼ぶから出て来ないんじゃないかと思えてきた。

どんなに信頼し合っていても、一度大きく裏切ってしまったら帳消しになってしまうことだってある。私はミーにとって、ひどい裏切りの人間、一番信じられない人になってしまったのかもしれない。

 

夕暮れの5時までが勝負と思い、できることは全部した。

役場、保健所、警察署、別荘の管理事務所にも連絡して。

知らないお宅にピンポンして。

何度も同じところを行ったり来たり。

森の中に座り込んで味のしないお弁当を口に詰め込んで。

 

今回これをわざわざ感情的に書いているのは、

どちらかというと自分が忘れないように記録するため。

昨日今日は自分で起こした最悪な日でありながら、

近所にこんなに優しい人たちが住んでいると知れた素敵な日にもなった。

そのことを記録しておくため。

 

午後2時頃、気分転換に、やっぱりさんちゃんと湖畔の紅葉祭りを散歩することにした。

目の前におじさん、おばさんが手を繋いで紅葉を指差しながら楽しそうに歩いている。

この世に生きる人みんなが、その手の温もりをどうか忘れないでと思う。

人が人を愛する勇気とか、失う恐怖とか。

バイデンさんは前妻と一歳の娘さんを亡くしたんだよな。

息子さんにすら先立たれた。

それで70いくつになってアメリカの大統領か。

 

 

紅葉なんて見てる場合かと思ったけど、悔しいかな、

こんな時でも紅葉はやっぱり綺麗で、写真なんか撮ってしまった。

 

朝一で話しかけたご夫婦はまた戻ってきて、

お話したら、なんと偶然にも奥さんの方が普段から動物の保護活動をされている方と発覚!

ご自身も猫を何匹も保護して飼ってて、だからとてもご理解があり同情的で、

すごく実用的な情報をいくつもいただいた。

午後にもう一度見失ったところに行ったら、

向こうからわざわざ歩いて探して下さっているところに遭遇。今朝初めましてから早3度目。

色々と話しているうちに、

本当に心強い気持ちになって冷静になり、涙も奥に引っ込んだ。

こんなきっかけがなかったら、私は素敵なご近所さんを知ることがなかったと思う。

 

こんな親切な誰かのお宅を頼ってくれればいい。

とにかくすぐにでも、大好きなご飯と温かい居場所を確保してほしいの、ミーちゃん。

 

そうだ、忘れずに全部、今日感じたこと書いておきたいんだ。

何度もよぎったのはサンテグジュペリの「星の王子さま」。

「星全部が笑ってるような気がする」は、「山全部がミャーと言ってる」みたいだったし、

「最後に、もしも王子さまを見かけたら、手紙で知らせて私をなぐさめて下さい」というところは、「ちょっとした目撃情報でもいいので教えて下さい」になった。

同じ作者の「夜間飛行」かな、「人間の土地」かな、忘れたけど、悪天候で方向を見失った操縦士が小さな光のきらめきにギリギリの希望を託す心理を、私は遠くの黒い岩とか腐った木の根っこの影に何度も何度も見た。

 

後悔先に立たず。

覆水盆に返らず。

 

小学生のころ自分で実験をしても知ったんだ。

時間は戻らないってこと。

1つの石ころを蹴って、

それを全く同じところに戻して、

全く同じところに蹴られることなんてないんだってこと。

たとえ奇跡的にできたとしても、その軌道は違った形を描いてるだろうし、

その瞬間に周囲は変化してしまっている。

全く同じ時間なんて一瞬もない。

 

コロナでたくさんの人が死んでしまった。

その人たちは、何をどうやっても、帰ってはこない。

 

 

でも・・・実はさっきから、唯一の希望、仕掛けたエサがなくなっている!

庭の玄関から少しずつ近づけて置いたエサが、もう3回もなくなっている!

この辺でいるとしたら、シカがたくさんと、イノシシは噂程度。

シカもイノシシも、あんなにお皿を動かさずきれいに食べれるかな。

これを書いてる途中、裏庭の落ち葉がカサカサいう音がして、

何かが軒下に潜り込んだ気がしたんだ。

ミーかな?

ミーだと思う!

でも呼んでも気配を隠してる。

私のことが嫌いだから。

 

昨日よりも今日は寒く、吐く息が夕暮れ時には白い。

万年涙・鼻水垂らしのミーのぐじゅぐじゅの顔を思い浮かべたら

夕食の冷凍ピザを温めながら情緒不安定な人みたいにまた声を上げて泣いたよ。

あの汚い顔をティッシュで拭いてあげるのが好きなんだ。

どちらかというとブサイクなあの顔が大好きなんだよ・・・。

 

明日の朝発つギリギリまで、まだ時間はある。

ミーちゃん、ごめんね。

扉を開けて、ごはん置いておくからね・・・。

 

 

 

2020年

6月

21日

幸福が玄関先に歩いて来た

The happiness walked toward me   2020 ©︎ Hanae Tanazawa
The happiness walked toward me 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

 

 

今日はそんなに書くこともないんだけど、

 

というよりも、他に書きたいことがまとまりそうもなくて

 

(そのうち書く旬を過ぎるかも、残念ながら)、

 

3ヶ月ぶりに念願の温泉に浸かれた今晩は、

 

肩の凝るような仕事をせずに就寝するつもりで、

 

せめて久々にブログでもと思いつつ、

 

まじめに文章まとめる気もないから、

 

今も横で寝息をたてる癒しの黒猫ちゃん賛美。

 

 

床で作品作ってるとそばに来てじっと座ってくれたり、

 

退屈になると私と仕事の間に入ってひっくり返ってみたり、

 

お腹が空くと足元に絡みついてミャーミャー騒いだり。

 

 

黒猫は縁起が悪いと言われがちだけど、

 

世界的には幸福の象徴と言われることも多いらしく、

 

玄関先に現れると縁起が良いとか、

 

幸運をもたらすとされることも。

 

 

我が家の玄関先に来てくれた時は、

 

鼻たらしの幸福が近づいて来たと思ったよ。

 

ミーが幸福そのものだからね。

 

 

 

 

動物と人間がここまで通えるって不思議だ。

 

言葉が通じないから?

 

 

 

ミーは、なに考えてるんだろうなぁ。

 

 

 

 

Mii & Me

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2020年

5月

22日

禅は円を描く

竹の子#2  color pastels  2020 ©︎ Hanae Tanazawa
竹の子#2 color pastels 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

かくかくしかじかの事情で、最近、禅ないしは坐禅について勉強中。

 

これが、なかなか面白いです。

 

今は図書館が使えず(もうそろそろ、貸出くらい良くないですか・・・)調べ物がネット情報だけだと心もとないので、追加で雑誌とスティーブ・ジョブスの本を1冊ずつ購入して読みかけているところ。

 

 

それで少しずつわかってきたのだけど、

 

 

禅って「今」を生きることなんだ。

 

過去でもなく、未来でもなく、「今」。

 

 

だから、その実践的修行としての坐禅は、今中の今である、一呼吸一呼吸に集中することが求められる。それを深く意識してすることで、囚われていた様々な過去の出来事や、まだ起きてもいない未来に対する不安を吐き出し、ひたすら「今」に意識を向ける。

 

これはなんでもないことのように見えて、実際にやってみると確かに良い効果があるような気がする。

 

 

***

 

考えてみると、私の一番最初の禅的体験は、二十歳手前で行ったアフリカの土地で、ボールペン一本で絵を描き始めたことだったと思う。

 

大した内容でもなかったのでとっくの昔に捨ててしまった当時の日記に、

「体の中で何かが爆発したがっているのを感じる。それが何なのかわからないのだけど・・・」というようなことを書いたのを覚えている。

 

それは人生に悩む若者ならではのグツグツと煮え立つマグマのような感覚で、その存在は確かに肌の下に大きくあって畝り、あちらかこちらかと必死に出口を探してうごめいている。私は吐き出したくても吐き出し口を見つけてあげられなくて、ただただモヤモヤとそれを抱えて困っていた。

 

運よくも、その日記を書いた少し後に、授業中にノートの片隅にいたずら書きしたのをきっかけに、私は部屋で一人こもって絵を描くことに夢中になった。

描き始めて割とすぐに、「私が人生をかけてやることはこれだ!」と解った感覚があった。(嬉しいかな、今日も絵を描き、同じ確信でいる!)

 

 

私にとって絵を描くことが、その他全てと違った決定的なこと。

 

それは、ようやく「今」を生きていると実感するようになったこと。

 

 

それまでの私は、無邪気に輝いていた子どもらしい「過去」と、それでも満ち足りていなかった数々の不満に対し「未来」を輝かしていこうということで頭がいっぱいで、その、種類違いではあれキラキラして見えた過去や未来に対し、「今」が現実的すぎて一番嫌いだった。今しなければいけないこと、今目の前にある平凡、悩み、解決しない現状・・・。一つ悩みが解決すれば、また別の悩みが生まれてくる。それは、鼻先にできたニキビ一つだったりするのだけど・・・。そうなると、そのニキビがまるで全宇宙の中心のように思えてきて、それがなかった過去や、なくなった後の未来しか欲しなくなる。今よ、さっさと過ぎ去ってくれ・・・!

でも未来にもまた、ニキビは確実にやってくる・・・。繰り返し。

 

 

絵を描くようになって、さっきまで単なる一枚の白紙だったものが、他のどこにもないユニークな存在に生まれ変わっていくのを目の当たりにし(上手い下手は別として!)、何か有機的な存在が目の前で生まれるのを最初に見る目撃者の感覚になった。こうなると、「今」が急激に面白くなった。

 

一生懸命取り組んでもうまくいかず終わることも多々あるのだけど、その、手を動かして楽しかった「今」という時間は、確実に自分を豊かにしてくれた実感があったし、そんな失敗もあるからこそ、うまく行ったときの喜びは大きかったりする。

 

 

私は、日本を飛び出しアメリカへ行き、ここは嫌いと憧れのアフリカの地へ来てもまだ悩んでいた。でも絵を描くようになってわかったのは、問題は場所じゃなかった。どこに行っても一緒についてくるのは自分の身体。自分の身体が幸せでなければ、どこに行っても幸せになれるはずはない。ようやく、どこに行っても幸せになれる方法を見つけた!

 

 

***

 

同じ頃か、アメリカに戻ってからか忘れたが、第二の禅的体験は夏目漱石の『草枕』の中にあった。有名な冒頭部分。

 

「山路を登りながら、こう考えた。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。」

(夏目漱石『草枕』冒頭)

 

だから私は、絵を描くようになったんだと、それまでの20年という、自分にとってはそれなりに苦難も多かった道のりを、漱石はたったの8文で説明してしまった。私が絵に辿り着くというのは、漱石的には必然だったらしい。

 

 

それでも、今だって、いつだって、人生を考えてしまうタイミングはある。

 

でも今の自分を幸せにして、その「今」を積み重ねていけば、どこで終わっても一生が幸せになる。

 

他人を幸せにとか、人の役に立ちたいとか、そういう大義名分は、私は持ち合わせていない。そんな立派なことは、私などにはとても言えない。自分でも、なんで絵なのかわからない。それで誰かを幸せにするのか、社会の役に立つのかも。でも確かなのは、私は私という一人の人間を確実に幸せにできる。だから私は絵を描く。

 

 

そっか、私は絵を描き始めた時から、ずっと禅的思考を持っていたんだ。

 

 

迷走しそうになっても、思い出せばすぐ、円を描いて、いつものところに戻っていく。

 

 

 

 

竹の子#1  color pastels  2020 ©︎ Hanae Tanazawa
竹の子#1 color pastels 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

2020年

5月

15日

円 Circle 縁

Untitled 2020 ©︎ Hanae Tanazawa
Untitled 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

 

今日はちょっと面白い現象があったのでそのネタで一つ。

 

経験のある人もいるかもしれないけど。

 

 

最近、たんの和菓子店さんからのご縁で、横浜市金沢区にある禅寺さん、東光禅寺というところからたまにデザインのお仕事をいただくようになりました。

 

 

住職にお借りした一冊まるごと仙厓書画の本。有名な《○△□》
住職にお借りした一冊まるごと仙厓書画の本。有名な《○△□》

そもそもたんの和菓子店の定番商品として開発した○△□(まる・さんかく・しかく)シリーズは、この東光禅寺の住職さんがポツリと言った(「こういうお菓子が欲しい」的な)言葉を私が間接的に耳にし、それ絶対やったら面白いですよ!と商品化(と言っても新しく開発したのは一種類だけだけど)していただいたものになります。それを教えてくれた店主は、打ち合わせ時、あまり乗り気じゃなかったけど、翌日「△(さんかく)和菓子の新作できた!」と連絡してきたっていう逸話つき。笑

 

○△□というのは、結構禅の概念を象徴するものだったりするわけですね。それを書画で現し有名なのが仙厓和尚という方。惚れ惚れするような作品集を拝見し、いつか絶対本物を観たいと思うようになりました。

 

私はクリスチャンホーム育ちという背景がら、全くと言っていいほどお寺とは縁のない人間だったのですが、禅とか坐禅というのは少し思想として面白そうだなというのもあって、数ヶ月前、最初だけ打ち合わせを兼ねて伺ってきました(正直仏像はやっぱり恐いです)。お話ししたご住職が40代くらいの若い方で、海外経験も豊富かつ、いろんな宗教に対する実体験や理解も深い方だったので、色々とお話が弾み、今も新しく坐禅会用のイラストをご依頼いただいています。

 

とはいえ、禅や坐禅のことを知らなすぎるので、インスピレーション集めとして、オンライン坐禅会にも参加したり(とっても気持ちがいい実践的瞑想)、資料を探したりしているのですが。

 

でもまだどんなイラストがいいのかわからなくて、あぁそういえばミヒャエル・エンデもなんか言ってたかなと古い書籍を引っ張り出し(禅じゃなくて老子だったのかとか)、もっとないかなーとインターネットを漁っていたら、アップル創始者の故スティーブ・ジョブズが禅にはまっていたという記述があり、姉が置いていった本でジョブスの一冊あったなぁと引っ張り出し昨日完読。その中にちらっと出てきた仏教哲学者鈴木大拙(だいせつ)という方の名前をさらっとだけ記憶したと思ったら、今日読み返した、仙厓和尚の画集の中にその方が紹介されていて。

 

あぁなんか読んだものが繋がっている・・・と思って、今日、私が応援しているれいわ新選組の大西つねきさんの配信を見ていたら、余談でスティーブ・ジョブズの、私が読んだばかりのことを話し始めたから、おお、なんだ?!と思って。それに、つねきさんといえば、エンデでもありますから(過去ブログ参照)。

 

 

それで、面白いなーと思って今このブログを書くに至る。笑

 

円。

 

縁。

 

エン(デ、笑)。

 

ぐるっと、まぁるく繋がった。

そんな感覚なのです。

 

大西つねきさんも寄稿したという今日発売ムック本「人類総感染 猫のように生きる」・・・副題が私的に二つ前のブログの内容にもリンクして気になるし・・・(まずは立ち読みしたいなぁー)。

 

そもそも最近の猫の連作は、実は東光禅寺のヨガイベントのチラシのためのもので(作成済みだけど今イベント休止中なのでシェアできていません。涙)、それで、これまた私のアイディアで、「我が家の猫がヨガのようなことしているので、それを(僭越にも)仙厓和尚のようなタッチでというのは・・・」とご提案し、採用していただきました。

 

 

ちなみにエンデの本の中で探していた老子の言葉:

 

「粘土で器をつくる。しかし、粘土が包む虚無の空間が器の本質(有用性)なのだ」

 

も、イメージのフォルムはやっぱり、まぁるい形。

 

 

当然、いろんなものは繋がっているし、目的を持って何かを読んだりしているからリンクはし合うのだろうけど、ここ2日くらいの繋がり具合がすごかったので、記念に書いておきました。

  

 

 

あとは、イラストに繋げられるか。

 

仙厓書画《円相図》「これ食ふて 御茶まいれ」
仙厓書画《円相図》「これ食ふて 御茶まいれ」

2020年

5月

09日

腐るものと、腐らないもの Some things expire, some don't

4月16日は両親の結婚記念日で、私は例年おめでとうをいう以外何もしないのだけど(←苦笑。親の結婚は親が勝手にしたことだしな〜って非常にドライな娘。スミマセン)、そんなこんなで両親が山梨で割と大手のスーパー、OGINO(笑)でとっても美しい薔薇を買ったと喜んで帰ってきた。しっかりと質量のある花びらは柔らかなベルベットの質感で、見るからに1本300円くらいはしそうな見事な薔薇たちが、なんと10本で500円だったとご満悦!それはそれは、私でも、何もなくても買っていたかもって思ったくらい・・・。

 

でも考えてみれば皮肉なことで、おそらくコロナの影響で卒業式や入学式、結婚式など諸々のイベントが中止になり、行き場を失った花たちがこうやって捨て値で一般庶民の手元に回ってきたのだろうと思う。廃棄されるよりマシとは言え、丹精込めて作った農家さんの気持ちを思うといたたまれない。

 

先日はニュースで、養殖して食べ頃になったお魚の出荷先が営業停止でどこにも出せないと嘆く業者さんが出ていた。苦肉の策として、一般家庭の食卓に冷凍配送するなどして買ってもらっていると話していたけど、それでも全てが旬のうちに消費されるとは思えない。

 

旬を過ぎて肥え過ぎたお魚さんたちは、それでも網上げされて、地表のどこかで腐って死んでいくのだろうか。それとも突然大海に放たれ、また別の人生(魚生)を与えられるのか。魚の本能としては嬉しいとしても、卵のときから養殖されて育ったお魚さんたちは、或る日突然大海に投げ出されそれはそれで苦難多き余生を強いられるではないか・・・ってそこまで考えるのは心配のし過ぎ、にしても。

 

 

そういうわけで、4月16日から我が家のダイニングで鑑賞されるようになった10本の薔薇たち。毎日綺麗だな〜って思って眺めていたけど、12日も過ぎた4月28日になり初めて、「あ、今絵にしたい」って何かに突き動かされた。花としては少し開き気味で、多少朽ちかけたものも出てきたこのタイミング。でも、絵を描くっていう目的には、どうやらこの日が「旬」だったらしい。

 

本当は油彩やアクリル絵の具なんかで描きたかったけど、私はあまり得意ではないし、そもそも持ってない。それなりに表現できそうなものとして、パステルを広げて描き出した。

 

作品としては大して上出来とも言えない仕上がりだけど、野球選手でいうところの素振りみたいな気分で、その日も一枚絵が描けて嬉しかった。

 

 

旬があるっていい。

その時にやらないとできないと思うと、体たらくな私でも時間を無駄にできないと思う。

でも哀しいかな。

旬があるからこそ、全てが無駄になるってこともある。

薔薇やお魚さんたちのように。それらを育ててきた生産者たちの、労力や愛情のように。

 

 

私は今、未だ買ってもらえていない絵本という在庫を抱えている。本当は今の時期にもっと色々動きたかったのに・・・。「デビューしたて」っていう旬はもうすぐにも過ぎてしまうけど、私の作品の中身は、いつまでも鮮度を保てるものになっているだろうか?悔しい思いも当然あるが、「腐るものじゃないから」と自分を励まし、旬なものたちと対峙して絵を描いたりしている。

 

 

結婚記念日おめでとう。母の日もおめでとう!Happy Anniversary & Happy Mother's Day 2020 ©︎ Hanae Tanazawa
結婚記念日おめでとう。母の日もおめでとう!Happy Anniversary & Happy Mother's Day 2020 ©︎ Hanae Tanazawa
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2020年

5月

01日

猫にはなれない Cat the Master

Meditation 2020 ©︎ Hanae Tanazawa
Meditation 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

昨今のような情勢になる前から、私は家に居るのが好きでほとんど自粛生活みたいなものをしていたと思うけれど、改めてよそから自粛してくださいと言われるようになると、これは違うということに気づく。

 

おそらく、家に居ることに普通の人よりはストレスが感じにくいことはあるにしても(田舎でスペースがあるのはとても恵まれていると思う)、普通に出歩けていた時の在宅は、そうはいっても外と繋がっていた。

 

ちょっと煮詰まればカフェに行って環境を変えたり、買い物したり、人に会ったりできたのに、今はそのどれもできない。行動範囲が変わったわけではない。だいたい毎日半径3km以内くらいで過ごして問題ない人間なんだけど、気持ちの上でもっと遠くへ行こうと思えば行けるって思ってる時の3km以内と比べたら、そうでない3km以内は、やっぱり軟禁されてる感じになる。まぁ、広めの心理的軟禁ではあるけど。

 

自分は楽観か悲観かと問われたら、今のところはまだ楽観のグループに入っていると思うけど、そんな私でも、世間の見え方は随分嫌な方に変わってしまったなぁと思う。人の咳とか、ドアノブとか・・・。もちろん、おかげで見えてきたものもある。映画で観る、結婚式とかカフェとか映画館のシーンとか・・・あの無邪気な光景の、なんとも尊いことよ・・・!

 

 

でもそんな中、何も変わらなくて助かっているのが我が家の犬と猫の存在。

 

何と言っても、彼らの様子がいい。

食う、飲む、排泄する、ちょっと遊ぶ、

以外は、ほぼ寝ている。

 

毛が生えたり抜けたりする以外、年がら年中、ずーーっと同じ。

 

多くの動物は(若いのは別として)、エネルギーの消費を最小限に抑えるという生存戦略でもって、食事の環境さえあれば日々なるべく横たわり、朝から晩まで、姿勢や場所を変えることはありながらも、ただただじっとしている。

 

人間のように、なるべく今日という日を有意義に過ごそうとか、健康に気を使って運動しようとか、そういう意識のない、ある種の素敵な体たらくで。

 

体たらくと言ってしまえば簡単だけど、やってみると案外奥の深い実技であることを、私はこのような状況になって初めて気づかされた。

 

 

じっとしてるって、難しい。

 

何かしたくなる。

しないと損した気分になる。

気が焦る。

 

私の活動が一番活発なのは大体脳内なので、表向きは落ち着いている(し色々サボってるようにも見えると思う)が、そうは言ってもインプットしたり、アウトプットしたりできないとそわそわしてしまう。何も読まない、書かない、鑑賞しない、作らないのは、なかなか大変なことだ。

 

最近少しだけ昔のブログを見直していて、私は猫になってもバレない自信があるなんて書いていたけど、今はもう無理だとわかった。できてきっと一日、かな。

 

 

そう考えると、あの猫さまお犬さまのあの落ち着きっぷり。

もはや達観した僧侶のようにも見えてくる。

 

 

彼らは言う。

 

焦るな。

生きろ。

 

 

・・・そしてごはんちょーだい。

 

 

 

うん、この愛嬌もまたすごくいい!

 

 

猫さま、お犬さま、喜んでお仕えいたします!!

 

Zazen Master 2020 ©︎ Hanae Tanazawa
Zazen Master 2020 ©︎ Hanae Tanazawa

I think I'm a kind of person who can fairly bare a stay-home situation more than many other people. I'm more an indoor-person even before this Covit-19 thing happened.

 

However, I just realized that it's still very different when somebody else tell you to do so, from doing it for your own sake.

 

I'm still on the optimistic side when it comes to post-corona, but even such person like me, things started to look differently in a negative way, like I became more conscious about somebody coughing, or the cleanliness of the doorknobs... 

On the other side, I started to see certain things in a more lovable way, most of which are ordinary scenes like being with somebody at a cafe, or enjoying a movie at a packed theater.

 

Another thing that flipped my viewpoint were of my dog and cat.

 

Before, I always wished to become a cat.

I even thought I'd perform well as a cat. 

 

However, I noticed that whatever they are doing were much greater!

 

Everyday, they are staying home, no problem!

They don't complain, they don't worry.

They don't rush for something, they are just there.

 

Aren't they some kind of enlightened monks?

 

They might say:

"Don't bewildered.

Just live.

 

And give me some food."

 

 

Oh yes, masters...with pleasure!

So Master Cat and Master Dog, would you please teach me about life...?

 

 

偉大な師匠たち。My great masters!
偉大な師匠たち。My great masters!

2020年

4月

28日

自然栽培に学ぶ A Lesson from the Nature Farming

Untitled 2019 ©︎ Hanae Tanazawa
Untitled 2019 ©︎ Hanae Tanazawa

 

さて、インスタで宣言してしまったので、ブログ更新を頑張ろうと思います。笑

 

たまに〜お手伝いさせてもらう伴さんという自然栽培の農家さんがいるのですが、先日もスイカの種まきに呼ばれて行ってきました。

 

伴さんはNPOとして他で農業をしながら、ご自身でも自然栽培で畑をやってるのですが、実験的に色々と試みていて興味深いです。

 

何年も前話題になった木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」を読んで、映画も見て、自然栽培はとても興味があったので、お仕事手伝いながらちょっとずつ教えてもらっています。

 

 

左が伴さんの畑。雑草がいっぱい。So much weeds on Ban-san's field (left)
左が伴さんの畑。雑草がいっぱい。So much weeds on Ban-san's field (left)

 

初めて行った時はびっくりしました。

 

どこが畑かわからないんです。

草がボーボーで、うっかりすると栽培中のお野菜を踏んでしまいそうになります。

 

昨年はそのうっかりで、スイカのベビーたちを何個か、私も伴さんも(←笑)ダメにしてしまいました。共同農地を区画分けして色んな方が耕しているので、お隣さんがいわゆる「ザ・畑」のような整理された農業をやっている中で、荒くれ畑(失礼)で農業を続ける伴さんのハートの強さにも学ばされるものがあります。笑 とはいえ最近はマルチ(黒いビニールシート)なんかも使いながら、柔軟にやっているようです。

 

伴さんも月一更新だそうですがブログをやっていて、オリジナルの4コマ付きで面白いので、よければ読んでみてくださいね。野生農園ザ・ばん (スイカキャラは奥さんかな?)

ブログの印象よりも(?)話し方もゆっくりで穏やかな雰囲気の方です。

 

白くて可憐なだいこんの花。種を収穫するために残されたもの。The white, Daikon flower is for collecting seeds.
白くて可憐なだいこんの花。種を収穫するために残されたもの。The white, Daikon flower is for collecting seeds.

 私はどちらかというと植物にエネルギーを与えるよりも吸い取るタイプな気がしていて(世の中に2種類いるとかいないとか!)、私が植えた種だけ芽生えなかったらどうしようと内心心配しながら、スイカの種を蒔いてきました。

 

 

土の匂いを嗅ぎながら、背中に太陽を感じながら、時折顔を上げて新緑の愛らしい山々を眺めたりすると、こんな贅沢ってあるだろうかと思ったりします。時々吹く風が本当に気持ち良くて。

 

 

いくつかのお野菜は、次の種を収穫するために残されていたりします。

今回はだいこんが白くて愛らしいお花を咲かせていました。

種のために花を残すことって、ちょっと未来を感じることですね。

 

以前別のところのブログで、私の生存方法は種まき戦略だなんて表現したことがありました。

実はこの時の予感は当たったみたいで、今年、『クサボケちゃん』が生まれました。

 

今年に入り、世界が急に秒針よりも太陽の軌道で時間を感じやすくなった今、改めて未来にどんな種を蒔きたいのかと考えてみたりします。

 

でも実は、一瞬も悩まないくらい、私のやりたいことはビフォアもアフターも変わらないことに気づき、伴さんのように隣の畑と比べることなく、親しく涼しく挨拶を交わしながら、私自身は、書くこと、描くこと、作ることを続けることだなと思ったりしています。

 

そういう訳で、このブログをもうちょっと頑張って、書くことにしました!

 

 

OK, so I decided to write my blogs more often. This is something I knew I should, and something Ban-san, a close farmer who tries the nature farming, suggested me on doing. 

I sometimes go and help Ban-san's field because there's a lot to learn from him. Last Sunday, I was there to help him plant the watermelon seeds. 

 

What's interesting about nature farming is that they don't pull off all the weeds but grows their product as naturally as possible. So for watering, Ban-san only rely on the natural rains. Often times, his experiments (as he calls) fail, but whenever the things work together, his vegetables grow so strong and the taste is so SO good!! I'm often amazed how the nature really does work on its own. 

 

Ban-san's field is a part of the shared field, so different farmers do different things next to each other. Ban-san's field looks the wildest when others' are so well maintained. But I like how Ban-san keeps his style regardless of how others are doing (and still maintaining friendly relationship with people). 

 

Now for many people, the days are counted by the sun's orbit, not so much by the second hand like before. I feel more natural and honest with myself, and am more certain about how I really like to be.

 

The farmers keep planting seeds. Everyone has seeds to plant on their own.

Mine needs more practices like writing, drawing and making artworks.

So I just keep on practicing what I am supposed to do, which is why I decided to put more effort on this blog ;)

 

 

2019年

1月

02日

あけましておめでとうございます

 

 

2019年も何卒よろしくお願いいたします。

 

突然ですが、HPのアドレスが変わりました。

本来ならそれをお知らせしてから移行するべき、というかその予定だったのですが、1月1日までの契約のはずが、12月31日にはすでに閲覧不可となっており、事後報告となりました。(31日にお知らせするのも遅すぎるのだけど、タイミングを失ってしまった。)

単純に、有料のプランから無料のプランに切り替えたので、アドレスが

 

www.tanazawahanae.com → www.tanazawahanae.jimdo.com

 

になります。

今後ともよろしくお願いします。

 

今までアップした分はそのまま保存されていますが、すでにデータが無料サービス容量の3300%くらい使っているらしく(笑)、新しい写真とかアップできません。なので別に新しいHPを作るかもしれないですが、過去のものはこちらで閲覧可能としておこうと思います。

 

とにかく、この年末は12月の暖かさのせいか、あまり年末感がありませんでしたが、昨年は色々な変化があり、久しぶりに長く感じた一年でした。

 

2019年は、我ながら未知すぎてワクワクします。

でも仕事は本当なんとかしなきゃ・・・。

 

皆様の2019年もたくさんの祝福に満ちた一年となりますように!

 

 

英恵

 

 

Happy New Year!

 

Wishing you all a peaceful, prosperous and healthy year!

 

Last year I had actively changed a lot of my life. Quit my job, moved to a country side and starting a totally new style of living! It was almost too late to change my life but in the beginning of 2018 I felt I had a very divine push to move forward, so I stopped wondering about it after that. Even though you stop wondering about it, you still worry about it. And I had a lots of nights in which I woke up in the middle of darkness and couldn't fall back to sleep for hours after that. But here I am, I'm still alive and enjoying every new day! My life is less stable but simpler and clearer. I still do worry about my life but I am very excited about the fact that I know nothing about this coming year.

 

 

My life motto has always been this, as Mahatma Gandhi put it:

 

Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you we're to live forever.

 

May God bless your New Year of 2019!

 

Love, 

Hanae

 

 

2018年

11月

22日

この夏以降まとめ

宝石 Jewel
宝石 Jewel

 

前回言っていた少し長い文章・・・。

唐突かつもはや季節錯誤な内容ですが。

 

 

・・・

 

 

この数ヶ月はやることも変化も多い日々を過ごし、先日ようやく夏に撮りためた写真をアップロードすることができてそのことを改めて実感。

 

 

以前何度か書いていた犬のサンディは、10月某日、命を引き取りました。

 

昔からわかっていたことだけど、サンディは最期まで本当に頭が良くて、会いに来ていた姉が帰る日の朝、微かな息のサンディは姉の「ありがとう」「もう楽になっていいよ」の声に、絞り出すように3度吠えて答え、体を痙攣させ、まもなく姉の腕の中で息を引き取りました。こんなことってあるんだと、私たちは最後の最後まで、この素晴らしい犬に感動させられてたくさん泣きました。

 

・・・考えてみれば、私は家族や友人の健康にはとても恵まれていて、近親者の死を目の当たりにしたことが未だなく、犬ではあるけれど目の前で親しい「命」が死ぬのを見たのはこれが初めてでした。

 

サンディは徘徊がひどくなっていたのだけど、姉が帰って来た日から安心したのか、歩き回るのをやめ、その代わり寝たきりになって骨ばった体にオムツ姿で過ごす数日が続きました。そして毎日、毎時間何かを諦めながら、確実に死に近づいていきました。美味しそうに食べていた鶏そぼろを次の日には食べなくなり、夜、急須でポカリスエットを薄めた水を飲ませながら、これが最後かなと思ったのが翌朝現実となりました。最後は顎を閉める力すらも呼吸のエネルギーに譲渡して、横向きに寝た顔の下はよだれでびちょびちょになり、口とお腹のみがかすかに膨らんだりしぼんだりするチューブになって、ついにはそのチューブの動きも、静かにゆっくりと、停止していきました・・・。

 

 

サンディ、散歩できる距離も日に日に短くなっていったね。この時こんなに遠くに歩けてたんだね、無理させてたかな・・・
サンディ、散歩できる距離も日に日に短くなっていったね。この時こんなに遠くに歩けてたんだね、無理させてたかな・・・

 

残された柴犬のさんちゃんはどれだけわかっているかわからないけど、やっぱり寂しそうな表情もしている気がします。

 

***

 

近しい人には話していたのですが、9月くらいから相模原市の藤野というところに移住しました。

 

長〜くなるので、詳しい経緯は割愛しますが(苦笑)、藤野はアーティストタウンとして知られているらしく、たまたま興味を持った私と、同じタイミングで東京寄りに拠点を求めていた両親との利害が一致し、また昨年亡くなった祖母のマンションを手放すのに伴いこちらで古〜い一軒家を買うことで話が進んでいきました。私は母屋とは別にある離れ(とは言っても倉庫といったほうがいいような古い小屋)を父と汗水垂らして夏中DIYしてアトリエ兼住居に改築し、ようやく最近になって生活らしい生活ができるようになりました。両親は山中湖と半々、私はここでよりアーティストらしい生活ができているような気になっています。

 

離れの一階部分をリビング兼犬と過ごす場所に考えていたのが最近ようやく形になったのだけど、ここでくつろぐサンディの姿は結局見ることができませんでした。

 

ひとりになったさんちゃんは日中外で日向ぼっこが大好きで、夕暮れになり寒くなってきたら入ってきてやっぱり丸まって過ごしています。

 

私もここでは結構健康的な生活ができていて、朝には(さんちゃんのトイレのために)8時くらいには起きて散歩に行き、ちょっとだけ始めたバイトに出かけ(面白くていい人ばかり!)、帰宅後から夜中の12時くらいまでは(夕食以外)自分の仕事、そしてお風呂を温めている間に3度目のさんちゃんの散歩に行くのだけど、この真夜中(12時過ぎてることも)の散歩が結構気に入っていて、夜空が広くて月や星の光が明るくて、白くなった息が気持ちよくて、さんちゃんがルックスだけは頼もしくて、近隣の暮らしが静かで安全で・・・そんな穏やかさを味わいながら一日を終えてます。横浜にいた時とは違って寝つきも目覚めもびっくりするほど良い自分がいます。

 

 

君は面白い犬だよ、さんちゃん。
君は面白い犬だよ、さんちゃん。
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2020 UPDATES

 

5.14. iichiオンラインショップからもクサボケちゃんが購入できるようになりました!

 

3.6. 『クサボケちゃん』がプレスリリースされました!

"Kusaboke-chan" is press-released!

https://miraipub.jp/books/2487/ 

 

3.6. Contactより『クサボケちゃん』がご注文いただけます。

You can order "Kusaboke-chan" from Contact

 

1.1. HAPPY NEW YEAR!

 

絵本『クサボケちゃん』がみらいパブリッシングより3月17日出版予定です!

 

My first picturebook "Kusaboke-chan" will be published on March 17th from Mirai Publishing!

 

 

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